理論の概要
戦略の5類型は、マーティン・リーブス(Martin Reeves)らが2015年の著書『Your Strategy Needs a Strategy』において提唱した戦略フレームワークです。
その出発点は明快な問い直しにあります。ポーターの競争戦略、バーニーのリソース・ベースド・ビュー、クリステンセンのイノベーションのジレンマ、それぞれの戦略理論は強力な洞察を提供しますが、いずれも特定の環境条件を前提としています。すべての企業が同じ環境に置かれているわけではなく、同一企業の中でも事業によって環境が異なる。この現実に対するリーブスらの答えが、「正しい戦略は一つではない。環境に応じて戦略のスタイルを使い分けるべきだ」という主張です。
環境診断の3軸
五つの戦略スタイルを使い分けるための環境診断は、以下の三つの軸に基づきます。
予測可能性(Predictability): 事業環境の将来がどの程度見通せるか。需要の安定性・技術変化の速度・競合動向の予見可能性などが該当します。
可塑性(Malleability): 自社や業界のプレイヤーが、事業環境そのものをどの程度変えることができるか。規制環境の流動性・技術標準の確立度合いなどが該当します。
苛酷さ(Harshness): 事業環境がどの程度厳しく、企業の存続が脅かされているか。業績不振・業界構造の崩壊・経済危機などが該当します。
五つの戦略スタイル
クラシカル(Classical)
予測可能かつ変えられない環境。市場を分析し、有利なポジションを見定め、規模の経済や差別化によって持続的な競争優位を構築します。
環境条件: 予測可能・自社では変えられない
戦略の核心: 市場分析に基づく最適ポジションの確立と着実な実行
競争優位の源泉: 計画の精度と実行力・規模の経済・差別化
アダプティブ(Adaptive)
予測困難かつ変えられない環境。継続的な試行錯誤と迅速な学習により、小さな実験から有望な方向性を見出し、素早くスケールさせます。
環境条件: 予測困難・自社では変えられない
戦略の核心: 小さな実験→学習→有望な方向へのリソース集中の反復
競争優位の源泉: 変化への感度・学習の速度・柔軟性
ビジョナリー(Visionary)
将来の方向性がある程度見通せ、かつ自社がその方向に向かって先手を打てる環境。明確なビジョンを描き、それを実現するために先行投資や技術開発を推進します。
環境条件: 予測可能・自社で変えられる
戦略の核心: ビジョンの先行確定と、それに向けた集中投資・実行
競争優位の源泉: ビジョンの質と実行力・先行者優位
シェイピング(Shaping)
予測困難ではあるが、複数のプレイヤーの協調的な行動によって環境そのものを形成できる環境。エコシステムの構築・プラットフォームの立ち上げ・業界標準の確立が中心となります。
環境条件: 予測困難・複数プレイヤーで変えられる
戦略の核心: パートナーや顧客を巻き込んだ市場・エコシステムの形成
競争優位の源泉: 連携構築力・プラットフォーム設計力・標準化への影響力
リニューアル(Renewal)
業績が悪化し、企業の存続そのものが脅かされている環境。まず生存を確保するための防御的措置を講じ、その上で新たな成長の方向性を探索する二段階のアプローチです。
環境条件: 苛酷・存続が脅かされている
戦略の核心: 止血(コスト削減・事業縮小)と再成長の方向性探索を並行
競争優位の源泉: 危機対応のスピードと再構築のリーダーシップ
SCMへの適用と実践的アプローチ
前提:同一SCMに複数の環境が共存する
戦略の5類型がSCMに特に重要な示唆をもたらすのは、一つの企業のSCMの中に、異なる環境が同時に存在するからです。
需要が安定した定番商品の供給は「予測可能な環境」であり、クラシカル戦略が適合します。一方、新興市場への新製品投入は因果関係が見えない「複雑な環境」であり、アダプティブ戦略が求められます。エコシステム全体で持続可能性を確保する取り組みはシェイピング戦略の領域です。そして事業の選択と集中を迫られる局面ではリニューアル戦略が必要になります。
にもかかわらず、多くの企業のSCMは単一の設計思想、多くの場合「リーン・効率最大化」というクラシカル的な論理で統一される傾向があります。これが環境の変化に対応できない根本的な原因の一つです。
戦略スタイル別SCM設計
アダプティブ戦略:試して学ぶことをSCMの日常に
地政学リスク・需要構造の変化・技術革新が常態化した現代のSCM環境において、最も求められながら対応が不足しがちなのがアダプティブ戦略の実践です。多くの企業がその必要性を認識しながらも、組織の慣性やKPIの設計がクラシカル戦略を前提としているため、実装が進まないケースが多く見られます。
アダプティブ戦略の本質は「小さな実験→素早い学習→有望な方向へのリソース集中」というサイクルを継続的に回すことにあります。これはカネビン・フレームワークにおける「複雑」領域の意思決定の型(Probe(試行)→ Sense(感知)→ Respond(適応))に対応しています。
SCMへの具体的な適用としては、需要が不確実な新製品・新市場において、大規模な単一計画を立てて実行するのではなく、複数の小さなシナリオを並行して試し、市場の反応を観察しながら資源配分を動的に変えるアプローチが有効です。安全在庫の戦略的配置・サプライヤーの多元化・延期戦略(Postponement)の活用・S&OPサイクルの短縮化が、その実践的な手段となります。
ただし、アダプティブ戦略を機能させるには、組織の設計そのものを変える必要があります。カネビンの「複雑」領域への対応には、現場の変化を早期に察知する感知能力、現場への権限委譲と分散した自律的判断、そして構成要素同士を必要以上に固く結ばない疎結合な組織設計が前提条件となります。戦略スタイルと組織設計は一体で変える必要があるのです。
シェイピング戦略:エコシステムを共に形成する
もう一つ、現代のSCMで重要性が高まっているのがシェイピング戦略です。
シェイピング戦略が有効なのは、自社単独では環境を変えられないが、複数のプレイヤーが協調することで市場や業界構造を形成できる状況です。SCMの文脈では、サプライヤー・物流パートナー・顧客・場合によっては競合までを含むエコシステム全体での持続可能性の確保や、業界横断でのデータ共有基盤の整備がこの領域に当たります。
注目すべきは、シェイピング戦略は「自社が正解を設計して実行する」アプローチではないという点です。参加者が相互に影響し合いながら、全体として新しい秩序や価値が創発されることを意図して「場」を設計します。
戦略の組み合わせ:5類型は排他的な選択ではない
五つの戦略スタイルは、どれか一つを選んで固定するものではありません。同一企業の中でも事業・製品・市場によって環境が異なる以上、複数のスタイルを意図的に組み合わせて運営することが前提です。重要なのは、「どの領域にどのスタイルを適用するか」を意識的に設計することにあります。
不確実性が高まるSCM環境において、SCMリーダーが特に意識すべき組み合わせの型が「バーベル戦略」です。ナシーム・ニコラス・タレブが『ブラック・スワン』で提唱したこの概念は、元来は投資における「超安全資産と超リスク資産の両極に集中し、中途半端なリスクを避ける」発想です。SCMに置き換えると、安定的な領域(定番商品・成熟市場)にはクラシカル的な効率化を徹底し、不確実性の高い領域(新製品・新市場・地政学対応)にはアダプティブ的な実験と学習を適用するという二極の戦略モードを意図的に共存させることになります。
この組み合わせがもたらす効果は単なる「使い分け」にとどまりません。安定した領域での効率最大化が生み出すキャッシュとリソースが、不確実な領域での実験投資を支えます。同時に、不確実な領域での適応と学習が、既存事業が環境変化の影響を受けた際の次の収益源を育てます。どちらかに偏った経営、効率化だけを追い続けるか、実験だけを繰り返すかでは得られない、両極を意図的に保持することで生まれる強靭性です。
さらに、この構造はタレブが『反脆弱性(Antifragile)』で提唱した「アンチフラジャイル」の性質を帯びます。市場を揺るがす不測のイベントが発生した際、アダプティブ側の実験・学習の蓄積が、単なる回復(レジリエンス)にとどまらず、混乱から生まれる機会を捉えるための土台として機能します。変動を乗り越えるだけでなく、変動から利益を引き出す構造、それがバーベル戦略の本質的な強みです。
動的なSCM戦略運営へ
戦略の5類型が伝える最も重要なメッセージは、「適応を例外ではなく日常にする」という発想の転換です。
従来のSCMでは、環境変化への対応は「緊急S&OP」「BCP発動」といった特別なモードとして通常運用と切り離されてきました。しかし変動が構造的に常態化した現代において、戦略スタイルの選択・組み合わせ・見直しは、特別なイベントではなく日常のマネジメントサイクルに組み込まれるべきプロセスです。環境を診断し、戦略スタイルを選び、組み合わせ、必要に応じて切り替える。この動的な戦略運営こそが、複雑化する現代のSCMに求められるマネジメントの姿です。
参考文献など
- Reeves, M., Haanaes, K., & Sinha, J. Your Strategy Needs a Strategy: How to Choose and Execute the Right Approach Harvard Business Review Press
- マーティン・リーブス、クヌート・ハーナス、ジャンメジャヤ・シンハ(著)、御立尚資(監訳)(2016)『戦略にこそ「戦略」が必要だ』 日本経済新聞出版社
- Taleb, N. N. (2007). The Black Swan: The Impact of the Highly Improbable Random House(邦訳:ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン──不確実性とリスクの本質』ダイヤモンド社、2009年)
- Taleb, N. N. (2012). Antifragile: Things That Gain from Disorder Random House(邦訳:ナシーム・ニコラス・タレブ『反脆弱性──不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』ダイヤモンド社、2017年)



