なぜ「先行企業」は前に進めたのか ── 3社に共通する出発点
3社のSCM改革には興味深い共通点があります。改革の出発点が「目の前のオペレーション課題の解決」ではなく、「SCMの目的そのものの問い直し」から始まっている点です。旭化成は「SCMはモノを安定供給するための機能」という前提を問い直し、製品別の損益とCFPを可視化する経営判断の基盤へと再定義しました。オムロンヘルスケアは「精緻な需要予測こそがSCMの価値」という前提を問い直し、予測の精度を高めるのではなく人のバイアスを排除する仕組みの構築に舵を切りました。コニカミノルタは「SCMの数量計画と経営の金額計画は別物」という前提を問い直し、両者を一体化することをSCMの使命と定義しました。三者三様でありながら、いずれもSCMを現場のオペレーション機能から「経営意思決定を支える基盤」へと引き上げている点が共通します。
以下、3社それぞれについて、何を問い直し、何を変え、その改革がどの局面で真価を発揮し、私たちが何を学べるのかを順に見ていきます。
旭化成 ── 「コスト管理ツール」から「価値・ESG管理基盤」へ
損益が「見えない」という不満から
旭化成の機能材料事業部は、約1.5万点の製品を、世界中の委託先工場や10以上の拠点を経て生産・販売しています。従来のSCMは安定供給とコスト管理を主眼としていましたが、自動車のEV化など市場環境変化が加速するなかで、「サプライチェーンのどの部分で利益が生じているのか」をデータに基づき判断したいという経営層の要請が高まります。年2回しか算出できない一貫損益情報では、この問いに答えられませんでした。
そこで同社は、クラウドベースのデジタル経営基盤上に製品別一貫損益管理を構築します。グローバルBOM連結・コスト紐づけ・固定費配賦・一貫損益算出を一元化し、月次での参照を可能にしました。さらに、この損益算出ロジックの「コスト原単位」を「GHG排出原単位」に置き換えることで、Scope3を含むCFP(製品カーボンフットプリント)の可視化へと展開します。1か月近くかかっていた製品別排出量計算は、約5秒に短縮されました。
整えた基盤が、別の問いに応えた
この改革は、気候変動対応とESG開示が経営アジェンダの最前面に押し上げられた局面でした。2022年4月の東証プライム市場へのCO2削減目標公表義務化、コロナ禍やウクライナ情勢による原材料高騰、将来の炭素税導入の見通し。これらが「コストだけでなくGHG排出も含めた最適なリソース配分」を求める圧力を一気に強めます。
このとき同社は、ESG対応のために別建ての仕組みを構築するのではなく、損益管理のために整備したデータ構造(連結BOM・商流・コスト紐付け)をそのまま活用し、CFP可視化システムを素早く立ち上げました。製品別の損益とCFPを同じ基盤上で同時に評価できるため、内外製の方針判断や顧客への営業提案で、価格とCFPの両面を考慮した意思決定が可能になったのです。
ここに、旭化成の事例がもつ最大の示唆があります。損益管理という当初の目的で整えた基盤が、ESGというまったく別の経営課題にそのまま応えられた。平時に整えた仕組みの汎用性こそが、想定していなかった新しい問いへの応答力を決めるのです。データ基盤を「何のために使うか」の解釈の幅を最初から広く取っておくこと。それが、コスト管理ツールを価値・ESG管理の基盤へと進化させた本質でした。
オムロンヘルスケア ── 「人のバイアス」を計画から外していく
「未来は分からない」を出発点にする
オムロンヘルスケアの問いは根本的なものでした。「どれだけ精緻に計画をしても、未来のことは分からない」。この前提に立てば、SCMが追求すべきは予測の精度ではなく、変化の予兆を迅速に捉え、より早くアクションを取る力になります。流通チャネルの多様化・グローバル化と、販売子会社をまたがる需給調整ルールの未整備を背景に、同社は2016年に本格的なグローバルSCM改革を始動させました。
その中核に据えられたのがBias-Less Planningです。これは、市場実需という事実情報を起点にSCM計画プロセスを自動で連鎖させ、その途中に介在する各関係者のバイアスを排除しようとする考え方です。供給不足リスクが顕在化すると、顧客は早めに多めに発注し、販売子会社はそれを需要増と捉えてさらに多めに発注する。典型的なブルウィップ効果です。同社はマーケットのセルアウト(代理店から小売店への販売)情報をプラットフォームに登録し、セルアウト需要予測の自動立案からセルイン計画の作成までを一気通貫で連鎖させました。市場可視化にあたっては「網羅的な充足を目指さず、範囲からスタートする」方針を採り、情報を取得できない顧客についてはセルインで代替する柔軟な進め方を選んでいます。
需給ギャップが、改革の真価を試した
この改革が試されたのが、コロナ禍における血圧計の需給ギャップ拡大です。供給面では半導体不足・物流遅延・工場のロックダウンで供給能力が低下し、需要面では健康意識の高まりや遠隔診療の加速で需要が急増。一時、需要に応えられない状況に直面します。
このとき、長年構築してきたSCM組織、プラットフォーム、Bias-Less Planningの考え方、そして全体最適を志向するマインドセットが一体となって機能しました。市場の実需という1つの情報を起点に、各工場の生産計画立案、本社購買組織による部品パートナーとの調整、設計・開発部門の設計変更を有機的に結びつけ、グローバルで把握している在庫状況をもとに、局所的な不足に左右されない全体アロケーションを実施。販売を伸ばす機種を柔軟に組み替える対応まで可能になりました。
最後の壁は、技術ではなく人だった
オムロンヘルスケアの事例が教えるのは、データを集めることや計算することそのものが目的ではない、という点です。この事例の本質は、人間のバイアスを意思決定から外す構造を設計したことにあります。そして、その実現を最後に左右したのは技術ではなく人と組織でした。「全体視点で動ける人財の育成」こそが最大のチャレンジであり、統合された情報を起点に関係者が自発的に問題提起やアクション検討を行う文化が育ってはじめて、Bias-Less Planningは本来の力を発揮するのです。
コニカミノルタ ── 「数量」と「金額」を一つにする発想
数量と金額が分断されているという課題
コニカミノルタのSCM改革は2000年代前半にさかのぼります。当時導入したSCM計画系システムは安定供給に貢献してきましたが、2010年頃から「現場の数量計画が、経営にどれほどの金額インパクトを持つのか見えない」という課題が顕在化していきます。事業収支への影響を判断できない、統合PSI計算に2時間を要しシミュレーションができない、グローバル全体を網羅できない。これらの根底にあったのは、「数量の世界」と「金額の世界」が分断されているという構造でした。
転換点は2012年。同社は「サプライチェーンと経営を一つにする」ことを掲げ、改革を本格化させます。数量ベースの情報を金額に換算する仕組み、現場のサプライチェーン計画と経営の事業計画をモノとカネの両面で把握できるデータ構造、そして全グローバル拠点を対象とした統合PSI。この3つを軸に、SCMプラットフォームの刷新と、月末3週目に開くS&OP会議の運営設計を進めました。S&OP会議にはSCM役員・生産調達本部役員・各事業部門役員らが参加し、数量と金額を連動させた情報をもとに議論します。導入したプラットフォームは、グローバルPSIの瞬時計算と複数シナリオの計画シミュレーションを備え、日次バケットで月・週・日の粒度連携を可能にしました。
上海ロックダウンが突きつけたもの
この改革の真価が問われたのは、2022年3月、中国・上海ロックダウンによる生産工場の稼働停止でした。当初は確定生産計画を一律スライドさせるExcel対応で凌いでいましたが、影響がアジア各国、欧州、米国へと拡大するにつれて、人手では追いきれない複雑なシミュレーションが求められる事態となります。
ここで同社は、構築してきたプラットフォームのグローバルPSI瞬時計算・複数シナリオ計画シミュレーション機能に立ち返ります。供給制約を織り込んだデータと計画調整パラメータを加えることでBCPシミュレーション機能を組み上げ、混沌とした状況下でも販売影響を日々可視化しながら意思決定する体制を実現しました。
仕組みは一夜にしてならず
この事例が示すのは、平時に整えた仕組みが、有事に試されるという原則です。BCPシミュレーション機能は、コロナ禍のため急ごしらえではありません。約20年かけて積み上げてきたグローバルSCM計画・S&OPプラットフォームの延長線上に、自然立ち上がってきた機能でした。そしてそれを支えていたのは、SCM部門と事業部門が「ともに事業価値を生み出す主体」として連携する役割分担の定着です。仕組みと組織の双方を長く育ててきたことが、危機の局面でそのまま競争力に転じたのです。
3社共通で見えてくること
3社の改革は、製品も事業領域も異なり、変えた仕組みもそれぞれ違います。しかし並べて読むと、根底に共通する設計思想が見えてきます。
第一に、SCMの目的の置き換えです。3社はいずれも、SCMを「需要に合わせてモノを供給する現場機能」から、「経営の意思決定を支える基盤」へと位置づけ直しました。旭化成は損益とCFPを、コニカミノルタは数量と金額を、オムロンヘルスケアは市場実需と全社の供給判断を、それぞれ同じ土俵に載せています。
第二に、人と組織への投資です。3社の事例で繰り返し語られるのは、システムやデータ基盤そのものよりも、それを使いこなす人と組織の変化です。オムロンヘルスケアが「全体最適視点で動ける人財の育成」を最大のチャレンジと位置づけたように、仕組みは組織の文化が伴ってはじめて機能します。
第三に、平時の備えが有事に効くという時間軸です。旭化成のESG対応も、コニカミノルタのBCPシミュレーションも、危機に際して急ごしらえしたものではなく、平時に整えた基盤の延長線上に自然と立ち上がりました。何のために使うかの解釈の幅を広く取って仕組みを育てておくことが、想定しなかった問いへの応答力を生んでいます。
3社に共通するのは、SCMを「コストを削減するための機能」から「価値を生み出し続けるための機能」へと捉え直したことです。先行企業の取り組みは、完成した正解として真似るものではなく、自社が当たり前としてきた前提を問い直すための鏡として読むときに、最も多くの示唆をもたらします。


