コロナが暴いたもの

2020年初頭、世界中の製造業が「在庫がない」「部品が来ない」という事態に直面しました。その根本には、一つの構造的な矛盾がありました。SCMが20年以上かけて追求してきた「コスト最小化」「在庫削減」「調達先の集中」が、裏を返せば「ショック吸収能力の喪失」だったということです。

最も効率的に作られたサプライチェーンは、一点が詰まったときにチェーン全体が連鎖的に機能を失います。バッファ(余裕)は「ムダ」として排除され、リスク分散よりも「最安値の単一調達先」が選ばれてきました。コスト削減の徹底が、レジリエンスを削り取っていたのです。

コロナが暴いたのは、「効率性と強靭性は、追求すればするほど相反する」という不都合な真実でした。この認識が、SCM5.0誕生の出発点です。

ダイナミックSCMが問い直したこと

SCM5.0「ダイナミックSCM」は、「静的な環境を前提にしたSCMから、動的な環境に対応できるSCMへ」という転換を掲げました。新しい目標として据えたのは、次の2つです。

  • レジリエンス(強靭性):地政学リスク・パンデミック・自然災害が起きても、影響を吸収し、基本機能を維持し、回復できる能力です。
  • サステナビリティ(持続可能性):GHG排出量の可視化・削減、人権デューデリジェンスへの対応など、ESGの観点を組み込んだSCMです。

この転換は、「コスト削減こそがSCMの目的」という長年の常識を大きく書き換えるものでした。「守るSCMからも、削るSCMからも、一歩先へ」という問いが、ここから始まりました。

4つのマネジメント機能

ダイナミックSCMを実現するために提唱された具体的な手立てが、4つのマネジメント機能です。

① サプライチェーン・ネットワークマネジメント:「コスト優先で出来上がったサプライチェーン」を問い直し、調達リスク・地政学・GHG・コストを多軸で評価しながら定期的に設計し直す機能です。デュアルソーシングや近隣調達(ニアショアリング)は、この考え方の実践例です。

② グローバルSCM計画・S&OP:数量計画だけでなく、損益・GHG・リスクを統合して経営層が判断できる場を設計することです。計画にバイアスが混入することなく、データに基づいた意思決定ができることが重要なテーマとなりました。

③ BCPシミュレーション:「文書としてのBCP」から、実際のサプライチェーンデータに基づく「動くBCP」への進化です。特定拠点が止まった際の影響・代替案・復旧期間をリアルタイムで算出できる仕組みが求められます。

④ コラボレーションSCM:上記3機能を動かすために、サプライヤー・顧客・物流パートナーとの情報連携を構築する機能です。Scope 3(バリューチェーン全体のGHG)の把握もここで必要となります。

ダイナミックSCM実現に向けた「壁」

ダイナミックSCMを実現しようとすると、多くの場合、3つの壁に直面します。

経営の壁:多くの企業でSCMは「現場の効率化手法」として位置づけられており、経営層の関与が薄い状態が続いています。レジリエンス・サステナビリティは「多少コストが上がっても経営判断として必要だ」と言える経営者なしには前進しません。

デジタルの壁:レガシーシステムが複雑に絡み合い、部門ごとに最適化されたシステムが乱立しています。企業間・拠点間のデータ連携が人手を介している限り、グローバルでのリアルタイム情報共有は実現しません。

組織・人材の壁:SCMには調達・生産・物流・販売・財務を横断する判断力が必要です。しかしそのような人材は少なく、育成の仕組みも整っていない企業が大半です。

この3つは相互に強化し合う「負のループ」を形成しています。経営層がSCMをアジェンダとして捉えなければデジタル投資が進まず、デジタル基盤がなければSCMの経営への貢献が見えにくく、経営層の関心がさらに向かわない。このループを断ち切るには、外圧か、内側から問い直すリーダーの存在が必要です。

2026年の今、サプライチェーンはどうなっているか

コロナから5年が経ちました。あの頃の「緊急事態」の空気は、確かに薄れています。物流は動き、在庫は確保でき、代替調達先もコロナ前より整備されています。しかし「正常に戻った」と言い切れる人は、おそらくほとんどいないでしょう。

2026年のサプライチェーンを一言で表すなら、「慢性的な複雑性」です。コロナのように、すべてが止まる衝撃はありません。しかし、地政学リスク・関税政策・エネルギー価格の変動・気候変動による物流障害などが断続的に、重なり合いながら、サプライチェーンを揺らし続けています。

2025年に始まったトランプ政権第2期の関税政策は、その典型です。関税率の変動が断続的に続く中で、「今月の調達コストはいくらになるか」を毎週確認しながら意思決定をしている企業も少なくありません。「どこで作るか」という問いが、コストだけでなく政治的リスクと地理的リスクを含む多軸の判断になりました。

中東情勢の不安定化による供給リスクも、現実のものとなっています。エネルギーコストの急変と素材・化学品の調達への影響は、「エネルギー調達が一夜にして変わる」というシナリオが想定外でなくなったことを示しています。

一方で、現場では別の動きも起きています。コロナ禍では「レジリエンス最優先」が合言葉でしたが、インフレと金利上昇の影響で企業の財務的な余裕が縮む中、「デュアルソーシングのコスト増加分を吸収できない」「在庫バッファの資金コストが無視できなくなった」という声が聞こえ始めています。「コスト削減」と「レジリエンス」の両立という問いが、経営会議に戻ってきました。

2019年以前の「いかに効率を高め、コストを下げるか」という問いと、コロナが生んだ「いかにレジリエンスとサステナビリティを確保するか」という問いが、同じ組織の中で同時に要求されています。断続的なショックと日常のコスト管理が混在するこの「慢性的な複雑性」が、今のSCM担当者が向き合っている現実です。

コロナ禍からの変遷が提示する「問い」

コロナ禍を経たこの数年で、SCM5.0が提示する問いの輪郭は、より鮮明になってきました。

「レジリエンスとコスト効率は本当に両立できるのか。その判断軸を、誰が、どんな根拠で持つべきか」

「断続的なショックが常態化した環境で、事前のシミュレーションはどこまで有効か。予測を超える変化に、SCMはどう向き合うか」

「AI技術が加速度的に進む中、人がSCMで担う判断とは何か」

これらは「どう解くか」という技術的な問いではありません。「何のためにSCMをやっているのか」「どんな状態でありたいのか」という、目的と価値観の問いです。

SCM5.0は「変化に対応できるSCMへ」という方向を示しました。しかし「対応するだけのSCM」ではもはや十分ではありません。「変化に対応するだけでなく、変化の中から価値を生み出し続けるSCMとは何か」、その探求が、SCMの次の扉を開きます。