MVV策定と組織変化
まず、ネットプロテクションズの事業の全体像と、これまでのご経歴、現在の役割について教えてください。
私は2009年にネットプロテクションズへ入社し、人事・総務・労務などのバックオフィス領域に加え、セールスにも携わってきました。その後、人事責任者としてMVVの浸透や評価制度「Natura」の設計を担当し、現在は取締役としてセールス・アライアンス領域を中心に事業運営に携わっています。
会社としては2000年設立で、核となる事業は後払い決済サービスです。商品を購入した後に支払いができる仕組みを、BtoC・BtoBの両面で国内外に展開しています。2025年度の取扱高は7,600億円で、3か年で1兆4,000億円を目指しています。
これを支えているのが独自の与信データです。累計6.5億件のデータを、外部の信用情報に頼らず自社で蓄積・活用してきました。
「ティール型組織」と言われる現在の形は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
ティールを目指したわけではまったくありません。起点は2012〜13年、当時社員50人だった頃です。全社員で、組織運営の軸となるミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を策定しました。
私たちが出した「ビジョン」は、あえて風土や組織の目指す状態にフォーカスしたものでした。売上目標やいつまでに上場するといった定量的なものを期待した人は、ビジョンが異なると感じ、別の道を歩む決断をしました。結果的に、MVVを作り上げてからの2年間で、当時の社員の約半数が退職し、志を同じくする半分がこのやり方にコミットするメンバーとして残ったのです。
組織運営を考えると社員が離れていくことは、怖いことでもあります。どのようにとらえていましたか。
組織のマジョリティが推進派になるかどうかが、重要なポイントだったと思います。重心が変わる瞬間があり、ティッピングポイントを超えたように一気に流れていく。
もちろん痛みも伴います。ただ、価値観が異なる人同士が反発し続ける状態が長く続くよりも、それぞれが短期間で判断し、新陳代謝したことが、結果的に風土を強化する方向に働いたのかもしれません。
多様性とカルチャー
多様性についてはどのように考えていますか。多様性を認めるカルチャーという考えはないのでしょうか。
メンバーの個性やタイプ自体はかなり多様になっています。しかし、カルチャーについては強い意志をもっています。「多様な視点や個性を尊重する」ことは求めているものの、価値観の違いはここには含まれていません。あくまでMVVに共感する中での多様性、ととらえています。
カルチャーへのこだわり・価値観の違いを含めないのはどうしてでしょうか。
カルチャーはある程度でき上がってきているので、一人、二人が加わったからといってすぐに揺らぐものではありません。
ただ、カルチャーにフィットしていないメンバーが増えていったり、影響力を持ってしまったりすると、崩れ得ると思っています。それは今いる人が変わるというよりも、外から異なる価値観の人が入ることで反発が起こり続けることがリスクになります。
採用で私たちが最も重視しているのは、価値観が合致しているかどうかです。だからこそ、採用でどんなにスキルや能力があっても、カルチャーに合わなければ採用しません。過去に採用してもうまくいかなかった、という経験を積んできているので、お互いのために、確固たる意思と覚悟をもって採用に向き合っています。
MVVから評価制度「Natura」ができるまで
MVVという軸ができたあと、どのような順番で制度を作っていったのでしょうか。
MVVという軸を作った後、先にソフト面を変えに行きました。ここでいうソフトは風土、ハードは人事制度や評価制度といったものを指しています。風土を作るため、まずワーキンググループのような取り組みを起こしました。ハード面の評価制度に手をつけたのは最後でした。この順番がとても重要です。
評価制度は一度変えると元に戻しにくく、影響も大きいため、変更に対する反発も強くなりやすい。もうこの風土になっているなら、評価制度を変えても問題ない、むしろ変えないことで弊害が出る、と見えてきたタイミングで変えたんです。実際、MVVからワーキンググループを経て評価制度「Natura」の刷新に至るまで、実に5年かかっています。
ハード面の変化を象徴するものは何だったのでしょうか。
代表的なものが、マネージャー職の廃止と「カタリスト」という役割の導入です。マネージャーは「意思決定をする偉い人」から、メンバーを支える「サーバント・リーダーシップ」の発揮者へと役割を転換しました。
急にこれを打ち出していたら、かなりの反発があったはずです。手を挙げてやりたいと言う人がリーダーになり、経験を積んだメンバーがフォロワーとしてそれを支える。1年目の社員がプロジェクトリーダーになり、シニア社員がメンバーとして入ることも珍しくありません。
影響力を発揮しすぎてリーダーシップを取ってしまう人もいれば、逆に放置して何もしなくなる人も出てくる。ワーキンググループを通じて、徐々にメンバーが輝けるような風土を作っていった感じです。
コンピテンシーはどのような方針で設計していますか。
「経営視点」「業務遂行」「コラボレーション」「成長支援」という4つのコンピテンシーを、入社間もない層からシニア層まで、全員に一律で求めています。
また、半期に一度の360度評価では、社員全員が「評価される側」であると同時に「評価する側」でもあります。評価をするためには、より高い視座で周りを見ることになります。
多くの組織では、マネージャーになって初めて評価者になり、訓練を受けたこともないまま、いきなり評価を求められることがあります。その状況は不健全ではないかと考え、評価者としての経験を早い段階から積むことができる設計にしました。
余談ですが、評価時には点数とともにコメントを付けるのですが、このコメントは匿名で記入することができるにもかかわらず、自主的に記名するメンバーが多いのです。フィードバック時には、評価点数と記名コメントを紐づけて見せないように工夫しています。実名で率直なフィードバックを送り合いながら、点数を付けた人が分かるわけではない。これによって生々しさを緩和して、フィードバックを受け取りやすくしています。
上場企業としての自律組織運営
上場企業としての事業計画の立案に特徴はありますか。
経営側からまず「こういう数字でいきたい」というトップダウンのガイドラインを出します。ここまでは一般的だと思います。
その後、メンバー側が「どうすればできるか」を単純に考えるのではなく、「これは無茶な数字ではないか」「目標として低すぎるのではないか」という数字の意味を吟味するというところから議論がスタートします。シニアなメンバーだけで議論したものではなく、現場の若手層を含めたメンバーの意見も反映されて、部署全体としてコミットできる数字が返されます。「上で決まった予算」という感覚にはなりにくい設計です。
予算達成については、どのように考えていますか。
単に予算を達成することがよいことだとは思っていません。低すぎる予算を立てて達成するのはむしろ良くないことで、狙いにミートしていない数字を問題視しています。
上振れも下振れも良くない。それなら外れても怒らないから、狙いに合致させに行こう、という議論を重ねることで、徐々にギャップが埋まっていきます。
株主からの期待や経営側のプレッシャーは、現場にも共有されるのでしょうか。
経営だけが株主に向き合うものだとは思っていません。株主からどのような期待があるのか、何を求められているのかということも全部オープンにしているので、経営がプレッシャーを感じている理由も現場に伝わります。
非連続な成長をどう作っていくかも合わせて議論しています。事業単位で見ている人と、事業を横断してポートフォリオを見る人とでは視点が異なるため、単一の事業部だけでは出てこない発想が必要な場面では、自然と少し上のレイヤーで議論する形になりますが、そこにも現場メンバーが加わることは珍しくありません。
意思決定の進め方
意思決定はどのように行われているのでしょうか。
経営で決めていることも多くあります。ただ、「この内容であれば、上で決める」ということが、規定上の権限はあるものの、人によって、あるいは状況によって可変な感じがします。
同じ視座で話せるメンバーがバンドに関係なくいるのであれば、みんなで一緒に決めればいいし、必要に応じて必要なときに必要な人が集まる、という形です。
結果として経営層が決めることになるケースはあるものの、構造として常に意思決定者が固定されているわけではない、という理解が社内で共有されています。
組織づくりのテーマは、誰が議論しているのでしょうか。
組織づくりに関しては、メンバーも巻き込んで進めています。予算を議論する財務係、人・組織を議論する組織係というように、テーマごとにバンドを横断したチームを作っていて、1年目の社員でも意思があれば加わることができます。何かに参加できるかどうかを決めているのは、バンドではなく本人の意思です。
役職・評価と意思決定
バンド・役職・個人が持つ影響力は社内でどのように理解されていますか。
まず前提として、全員に経営視点、業務遂行、コラボレーション、成長支援といったコンピテンシーを求めています。さらに、評価される側であると同時に評価する側にもなることで、一人ひとりがリーダーとしての視点や振る舞いを持つことを重視しています。
その結果として、バンドが上がるほど、人間としての成熟度が高まっていくととらえています。バンドが上がることは、権限が増えることではなく、人として成熟し、周囲から信頼されるようになることに近い感覚です。
だからこそ、管理職という役割を特別に置かなくても、自然に相談され、周囲によい影響を与える人が生まれます。影響力は、制度が直接目指しているゴールというよりも、一人ひとりが自律的に考え、リーダーとしての視点を持つようになった結果として現れるものだと思っています。
代表の発言も「一つの意見」として扱われます。以前、代表が実質的に権限や役割を外された状態になったことがありました。それでも、社内のメンバーは変わらず代表を頼り、相談に訪れました。それでも事業が運営でき、会社経営ができたという経験から、役割と影響力は一致していなくてもうまくいくし、切り離せるものだと考え、制度に反映しました。
当然ながら上場企業として権限規定は存在しており、カタリスト承認、ディビジョン長承認といった手続きもありますが、これらの制度的なプロセスに載せていくための提案内容は権限とは関係なく、フラットに練り上げられます。
「この人が言ったから価値があるかもしれない」と考えることと、「従う」ことは別という理解でしょうか。
「この人が言ったから価値があるかもしれない」と受け止めることと、「その人に意思決定を委ねること」は別です。意見に耳を傾けることはあっても、それに従わなければならないわけではありませんし、それが自分の評価に直結するわけでもありません。役割・役職、権限、評価を直結させていないからこそ、権力としての影響力ではなく、純粋な信頼関係をベースとした影響力が生まれます。
私たちが目指しているのは、全員が自律的に考え、リーダーとしての視点を持てる組織にしていくことです。その結果として生まれる影響力だからこそ、権力ではなく信頼として機能するのだと思います。
本日はネットプロテクションズ様のご取り組みと、その背景にある思いや経緯をお聞かせいただき、組織の制度設計における貴重な示唆をいただきました。ありがとうございました。
今回の取材では、MVV策定後に生じた組織の変化、評価制度「Natura」の導入、意思決定や情報開示のあり方まで、ネットプロテクションズの組織運営について幅広く伺いました。
特に印象的だったのは、同社が「ティール型組織」を目指して制度を設計したのではなく、MVVを起点に実践を重ねるなかで、現在の形に至ったという点です。制度を先に置くのではなく、風土やメンバーの関わり方を変え、その後に評価制度を見直していったという順序には、組織変革を考えるうえで多くの示唆があります。
次回は、今回の取材内容をもとに、SCMや製造業における組織と意思決定に対する示唆を考察していきます。






