
ナブテスコ株式会社
機械(東証プライム上場)

人が必ず通る「入口」を、広告や情報発信の接点として捉え直す――。
そんな発想から、国内シェアNo.1の自動ドア「NABCO(ナブコ)」を強みに持つナブテスコは、自動ドアを“広告メディア”へ転換する「サイネージドア」事業を立ち上げました。構想10年、「お蔵入り」状態だった企画を温め続けてきた飯白豊充氏、その企画を表舞台に出し推進の核となった高橋誠司氏、そしてプロジェクトに伴走した栁澤孝洋率いるフォーティエンスの新規事業開発チーム。それぞれの役割が噛み合ったとき、眠っていた構想はどのようにして事業として動き出したのでしょうか。大企業において新規事業が動き出すまでの経緯と、実現までの道のりを伺いました。
課題
- 人口減少により新設需要の縮小が見込まれ、自動ドア事業の将来売上を補う新規事業が必要だった。
- 広告・メディアとして成立させるための「価値の作り方/成果の示し方/運用の回し方」のノウハウが不足していた。
- 事業化プロセスで、社外と社内の両面に壁があった。
成果
- 「入口をメディア化する」サービスモデルを具体化し、施設側の導入負担を抑えた仕組みを構築した。
- 大学を起点に展開が進み、実証段階を超えて“媒体として立ち上がりつつある”事業化初期フェーズへ移行した。
- 媒体価値を根拠とともに整理し、勝ち筋を明確化したうえで、事業拡大に向けた「再現性づくり」に移行した。
対談者
ナブテスコ株式会社 代表取締役 常務執行役員(当時、住環境カンパニー副社長)
高橋 誠司 氏
ナブテスコ株式会社 住環境カンパニー 新事業推進部 事業企画課 担当課長
飯白 豊充 氏
フォーティエンスコンサルティング株式会社 マネージングディレクター
栁澤 孝洋
「入口」をメディアにする――自動ドアサイネージの全体像
――まずナブテスコの事業全体の概要と、住環境カンパニー(自動ドア事業)の位置づけを教えてください。
高橋氏:ナブテスコは、産業機器から住環境領域まで複数の事業を持つグループとして展開しています。その中で住環境カンパニーは、自動ドアブランド「NABCO」を担っており、国内シェアNo.1として、駅や空港、商業施設など、日本中のさまざまなランドマークで採用されています。新規事業の自動ドアサイネージは、ここで培った設置・保守の基盤があるからこそ、次の価値として「入口をメディア化する」という構想に踏み出せました。
――「入口をメディア化する」とは、具体的にどんな仕組みですか。
飯白氏:商業施設や駅、病院、オフィスビルなど、人の出入りが必ず発生する施設の「入口」にデジタルサイネージ一体型自動ドアを設置し、広告や施設内の情報を配信するサービスです。入口は通行量が多く、日常的に目に入る接点なので、単なる看板ではなく「メディア」として機能させられるのがポイントです。
そのうえで、当社の最初の取り組みとしては大学キャンパスから展開しています。売店や食堂など、学内施設の入口自動ドアにサイネージを設置し、広告や情報を配信します。大学側が導入コストを負担せずに設置できる点も特徴で、映像パネルの機器・設置代や配信システム利用料は当社が負担し、広告掲出に必要な業務も原則当社で行います。広告収入の一部は協力金として還元します。さらに、配信枠の一定割合は大学側で自由に使えるため、学内情報の発信や食堂案内、イベント告知などにも活用できます。広告だけが流れる「よそ者の枠」ではなく、学生が日常的に見るコンテンツの一部として組み込める点が特徴です。
――現時点では、どの程度の規模で展開できていますか。また、フェーズで言うとどのあたりでしょうか。
飯白氏:現在は12大学・15キャンパスに展開しています。大学を起点とした自動ドア広告は、実証段階を超えて、実際に広告主が付く媒体として立ち上がりつつある状況です。
栁澤:PoCだけで終わる段階ではなく、事業化初期に入っている感覚です。ここからは、運用を回しながら「再現性」を作っていくフェーズだと思います。
「今すぐ売上が落ちるわけではない」ゆえに難しい新規事業
――会社として新規事業、しかもデジタル領域に挑戦するにあたり、どんな課題意識や危機感があって、このサービス立ち上げに至ったのでしょうか。
高橋氏:住環境カンパニーの視点で言うと、人口減少は既定路線で、新築ビルや新規出店が減るのは明らかでした。自動ドアは新設需要の影響を受けますから、将来的な売上減少をカバーする新規事業を以前から検討してきました。
ただ一方で、来年再来年に急落するかと言うと、必ずしもそうではありません。「今すぐ売上が落ちるわけではない」ので、リソース配分や意思決定の優先順位で後回しにされやすい。でも、必要だと決めて推進しないと、気づいたときには手遅れになります。今回、そこを「必要だ」と決めて推進したこと自体が、非常に大きなポイントだと思っています。
飯白氏:当社は、自動ドアには約70年取り組んできましたが、事業領域は駆動装置の製造販売にとどまり、狭い領域で高いシェアを持っている状態です。
ただ、もし業界でゲームチェンジが起きた場合、領域が狭い分、一気に崩れるリスクもあります。だからこそ、自動ドアが持つ可能性そのものを広げ、「ナブテスコ/NABCOでしかできない価値」を新たに作らねばならない、という危機感がありました。その一つの取り組みとして、「自動ドアの価値を拡張する」アイデアが出てきた、という位置づけです。
――フォーティエンスから見てナブテスコの「勝ち筋」はどこにあると思いましたか?
栁澤:大企業ならではのアセット、つまり自動ドアの基盤と、その周辺にある組織能力をどう活かすかです。今回のプロジェクトは、まさに「アセットを起点に事業を組み立てる」良い題材でした。
10年の構想を手放さなかった飯白氏の熱い想い、高橋氏の一言で再点火
――この事業は、飯白さんが10年近く温めてきた構想だと伺いました。途中で諦めそうになった瞬間もあったのではないですか。
飯白氏:ありました。くすぶっていた期間も長かったですし、社内でもすぐに大きく動かせるテーマではなかったので、目立つ進捗を出しづらかった。それでも、「自動ドアの価値を拡張する」ことは、どうしても必要だと思っていました。そこは、手放せなかったです。
――構想段階にとどまっていたアイデアは何を契機に事業化へと向かったのでしょうか。
飯白氏:やはり大きかったのは、当時、副社長だった高橋が見つけてくれたことです。構想だけでは動かないのですが、推進力と、意思決定の背中を押す存在が現れたことで、一気に実現に向けて動き出しました。
高橋氏:当時、工場に行ったときに、ちょうど飯白が担当している領域で、昔の企画書や資料がまとまったフォルダがありました。いわば「当時の企画」がそのまま残っていたんです。そこでこの企画を見つけ、率直に「これ、面白いのに止まっているのはもったいない」と思いました。それで飯白に「この企画、やってみる?」と声をかけたんですね。「再点火」のつもりでした。
飯白氏:当時は高橋さんとお話ししたこともなくて、たまたまフロアにいて呼ばれた、という形でした。もちろん当時は自信もありましたし、「なぜ進められないのか」「もう少し時間をもらえれば」という気持ちもあったので、かなり興奮しました。
栁澤: 私たちがご一緒することになったのも、高橋さんが当社主催のセミナーにご参加いただいたのがきっかけでした。支援する中でも、飯白さんのアイデアと想いに、高橋さんの「やる」と決めた推進力がこのプロジェクトの肝だと感じていました。象徴的だったのは、高橋さんが私たちと一緒に広告代理店を回ってくださったことです。トップが現場に出て説明することで、社内の合意形成はもちろん、社外に対しても「本気で進める」という強いメッセージになりました。
解くべき問題は何か? ――アセット起点で自動ドアの価値を再定義する
――この事業における「アセットの活かし方」を、もう少し噛み砕いて教えてください。
栁澤:ベースは自動ドアです。ナブテスコの建物用自動ドアは60%のシェアを持つ規模で、これ自体が武器になります。ただ、それだけではありません。自動ドアにサイネージが付くことの意味を考えると、まず「セグメントが絞られる」ことが大きいです。例えば、駅サイネージだと不特定多数ですが、ビルの入口なら、そのビルの従業員や来訪者に対象が自然に絞られます。あと、入口の強みとして挙げられるのは、強制視認性です。自動ドアは入るときに必ず通るので、絶対に目に入る。壁のサイネージと違って、視線の動線上に乗りやすい。
さらに、広告主側が重視する「どれだけ見られたか」にも答えやすいんです。Webならクリック数などで計測できますが、リアルは本来、カウントが難しい。カメラを付けて計測する方法もありますが、全箇所に付けるのはコスト的に大変です。その点、自動ドアはセンサーが付いているので、何人入ったかをカウントできます。媒体として説明しやすいし、広告代理店も納得しやすい。
プロジェクトとしては「4点セット」で探索しました。①誰が来るのか、②どの施設に設置するのか、③誰が広告を出すのか、④既存媒体との差別化は何か。この4点がセットで成り立つ場所を、仮説と検証で絞り込みました。
――大学を選んだ決め手は何だったのでしょう。
飯白氏:学生が入学直後から日常的・習慣的に目にするので、学生をターゲットにした企業からの出稿が見込めるという点が大きいです。大学構内でしか見ないメディアだからこそ、「その場で届く」という強みがあります。さらに、学生食堂や生協店舗など、毎日使う場所の入口に置けるので、接触頻度が高い。ブランド認知や採用広報との相性も良いと考えました。学園祭ポスターや食堂のメニューなど、学生が習慣的に見るコンテンツと一緒に流せるのは大きいです。「広告だけ」だと嫌われますが、「学内の便利な情報が出る媒体」となれば、見方も変わります。
PoCの壁と、コンサルタントチームの伴走――返事が来ない/朝令暮改で前に進める
――PoCで苦労された点は多かったと思います。まず、どんな壁があったかを「外(大学側)」と「内(社内側)」に分けて整理するとどうなりますか。
飯白氏:外側(大学側)で一番きつかったのは、そもそも「話を聞いてもらう」こと自体が難しかったことです。提案のメールを送っても、3〜4カ月返事がないこともあって、正直、心が折れそうになりました。また、大学は、施設課、学生課、企画系などで担当や決裁の縦割りがあって、「どこが窓口で、誰が判断するのか」が大学ごとに違うんです。こちらとしてはまず「入口の自動ドアにサイネージを付けて広告と学内情報を配信する」という提案を理解してもらわないといけないのですが、最初に当たった窓口だと「それは設備の話ですよね」で止まってしまうこともある。なので、電話やメールだけでなく訪問も重ねながら、大学ごとに適切な窓口と進め方を探っていきました。
内側(社内側)は、スピードが出るほど関係者の理解や合意形成が追いつかない瞬間が出ることです。だからこそ、高橋が「これでいこう」と背中を押してくれる場面が重要でしたし、栁澤さんには論点整理と選択肢の出し方で支えてもらいました。
――PoCの成果は、どのように出ましたか。
飯白氏:PoCとして、早稲田大学様に8カ月(夏休みを除くと実質6カ月)、当社自身の広告を配信したところ、8カ月後学内の学生に「ナブテスコを知っていますか」と聞いたときの認知度が、18〜19%から40%以上に上がりました。毎日見る場所で、ナブテスコという名前を見続けることで、「知っている」学生が倍以上に増えた、という結果です。
――事業化に向けて、プロジェクトの進め方で工夫した点はありますか。
栁澤:正直、スピードはかなり速かったです。「もっと時間をかけてもいいのに」と思うくらい、朝令暮改で進む局面もありました。ただ、そのスピードを出せたのは強みでもあります。
――そのスピードを支えたものは何でしょう。
栁澤:一つは、高橋さんが関与の濃度を落とさなかったことです。会議にも出ますし、必要があれば一緒に動く。もう一つは、壁打ちの頻度です。飯白さんと当社メンバーは本当に日々壁打ちをして、仮説を更新し続けました。
拡大局面に向け、次に整えるべき「内側の土台」
――立ち上げ前後で、社内の反応や評価は変わりましたか。
飯白氏:立ち上げ前は「何をやっているんだ」という反応もありましたが、立ち上げ後に広告販売の実績が出てくると、これまで関わりのなかった部門の人から声をかけられるようになりました。「ナブテスコでこんなことができるのか」と言われたのが印象に残っています。
高橋氏:ブレイクスルーしたことで、「住環境カンパニーは新しいことをやっている」という認識が社内で広がりました。若手の評価にもつながった面があると思います。住環境カンパニーは過去10年以上、新規事業をトライしてきましたが主力事業である自動ドアから派生して成功体験を作れたのは大きいです。
また、品質保証・調達・技術開発も新しいことに挑戦して、「やればなんとかなる」という体験を得られたのも良かったと思います。
飯白氏:次に超えるべき壁は大きく二つ「外」と「内」にあると考えています。外側で言うと、大学での導入を増やしつつ、広告主側にとって「出し続ける理由」になる運用と成果の見せ方を作ること。内側で言うと、スピード感のある進め方を維持したまま、社内の関連部門を巻き込む体制を強くすることです。拡大局面に入るほど、運用の標準化や役割分担が必要になります。ここを整えるのが次の一手だと思っています。
――最後に、今回のフォーティエンスコンサルティングによる支援について、率直な評価をお聞かせください。
飯白氏:新規事業の型といいますか、仮説検証の進め方を一緒に回してもらえたのが大きかったです。こちらは製造業の延長で考えがちですが、広告やメディアは論点が違う。その違いを前提に、次に何を決めるべきかを整理してもらえたのは助かりました。
高橋氏:私は、外に出て「相手の言葉で説明する」部分を一緒に作れたのが良かったと思っています。広告代理店や関係者が何を気にするのかを、現場で会話してきちんと掴みながら調整できた。栁澤さんチームの伴走がなければ、机上で止まっていたかもしれません。
栁澤:私たちとしても、アセット起点で事業を組み立て、PoCで現実にぶつかりながら軌道修正していく、非常に学びの多いプロジェクトでした。次の壁は、拡大局面で「再現性」をどう作るかだと思っています。また、その先には大学以外の施設への展開の可能性も秘めていると考えています。
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※本記事の掲載内容は取材当時(2026年2月)の情報に基づいています。公開時点では、役職・所属等が変更となっている可能性があります。