SAP S/4HANAをDX活用するための拡張開発シリーズ【第1回】

SAP BTPがなぜ必要か?S/4HANA導入時の課題とBTPでの解決の方向性

コンサルタント執筆記事

2025.11.17

サマリー

  • 多くの企業がSAP S/4HANAへの移行を進める中、標準導入だけでは変化の激しい経営環境や多様なシステム要件に十分対応できない
  • SAP Business Technology Platform(BTP)は、S/4HANA導入効果を最大化する「拡張・統合・データ活用」の基盤として注目されている
  • S/4HANA導入時に直面する課題を、BTPがどのように解決できるかを整理
  • 本記事を通じて、なぜ今SAP BTPの活用検討が不可欠なのか、全体像を理解できる

はじめに

ここ数年、多くの企業が基幹システムの刷新に取り組んでいる。その中心にあるのがSAP S/4HANAである。従来のSAP ERP Central Component(ECC)からの移行を進める企業もあれば、他社ERPからの乗り換えを検討する企業も増えている。
しかしながら、S/4HANAの導入そのものが目的化してしまうと、「最新のERPを入れたはずなのに業務変革につながらない」「周辺システムとの統合が進まず運用負荷が増大した」といった声が現場から上がることも少なくない。基幹システムの更新だけでは、企業が直面するデジタル変革の課題を解決するには不十分だ。
そこで注目されるのが SAP Business Technology Platform(以下、SAP BTP)である。SAP BTPは単なる補助的なサービス群ではなく、S/4HANAの導入効果を最大化し、将来にわたってシステム全体の柔軟性・拡張性を支える基盤としての役割を果たす。

本記事では、S/4HANA導入の選択肢とそこに立ちはだかる課題、そしてSAP BTPを活用することでどのように課題解決につなげられるのかを紹介する。

本記事の対象読者

本記事は、SAP S/4HANAの導入や刷新プロジェクトを検討中の企業のIT部門・企画部門の方を主な対象としている。特に、次のような立場の方に向けて構成している:

  • SAP ECC から S/4HANAへの移行もしくはS/4HANAの最新化を検討している担当者
  • 独自システムや他社ERPからSAPへのリプレースを検討している情報システム部門
  • 次期基幹システムの構想を描いている経営企画・業務部門

読者が抱える典型的な課題

  • ERPの標準機能の適用・非適用判断に悩んでいる
  • 非適用領域を実現する技術的選択肢(拡張開発)や判断ポイントに悩んでいる
  • 拡張開発の基盤であるSAP BTPについて「なんとなく聞いたことはあるが、何に使えるかピンときていない」

上記の課題解決に役立つような連載になるようにしていきたいと考えている。

S/4HANA導入バージョンの選択肢

S/4HANAを導入する際、企業は大きく2つのアプローチを選択することになる。

1. オンプレミス型/プライベートクラウド型
既存のECC環境に近い自由度を確保しやすく、アドオン資産を生かせる点が魅力。一方で、サーバーやOSの保守、バージョンアップ対応など、自社で担う運用コストやリスクは依然として残る。

2. パブリッククラウド型
クラウドベースで標準化された環境を利用でき、俊敏性や最新機能を享受しやすいのが特徴。しかし、その反面として、従来のような大規模なカスタマイズやアドオン開発は難しく、業務要件に合わせて柔軟に拡張するには工夫が必要となる。上記いずれのバージョンを導入するのか、自社業務をどのように基幹システムに合わせていくのか、社内外のサブシステムとのシステム連携はどうするのかなどを検討する必要がある。

S/4HANAの導入バージョン検討のポイントとしては、

  • 業務要件の適合性(複雑な独自業務や業界要件が多いか、もしくは標準プロセスで運用可能な業務中心か)
  • 拡張性・アドオン要件(Fit-to-Standardで足りない場合にどこまで拡張が必要か)

上記2つを中心に検討していくのが良いだろう。

オンプレミス型(プライベートクラウド型)/パブリッククラウド型のいずれの選択肢においても共通するのは、「標準機能で対応できない部分をどう補完するか」 という課題だ。この補完領域を担うのがSAP BTPである。

S/4HANAだけで満たせない要件にどう対応するか、

1. SAP公式の拡張プラットフォームであるSAP BTP
2. AWS、Azure、GCPなどのハイパースケーラー
3. スクラッチ開発

の3つの選択肢を比較しよう。

表:拡張基盤の特徴

BTPが果たす役割

BTPにはS/4HANA拡張のための仕組み・サービスが用意されており、導入工数の削減と保守性にも優れる。
BTPは大きく分けて「拡張」「統合」「データ活用」の3つの観点で企業に価値を提供する。

1. 拡張性の確保
S/4HANAの標準機能ではカバーできない独自要件は、BTP上で拡張アプリケーションを構築することで対応可能だ。ローコード開発ツール(SAP Build Apps)やプロコード開発フレームワーク(CAP/Node.js, Java)を活用することで、開発生産性と将来のアップグレード耐性を両立できる。

2. 統合のハブ
SAP Integration Suiteを中心としたBTPサービスを用いることで、S/4HANAと周辺システム(SAP製品、非SAP製品、クラウドサービス)の一元的な連携が可能になる。従来のようにシステムごとに個別開発・運用していたインターフェースを集約し、保守コストを削減できる。加えて、今後のシステム刷新やM&Aなどで新たなシステムが追加された際にも柔軟な対応が可能だ。

3. データ活用の基盤
業務データをリアルタイムに利活用するためのデータ基盤としてもBTPは有効である。SAP HANA CloudやSAP Business Data Cloudを活用することで、S/4HANAに格納されたトランザクションデータを分析用に展開し、経営ダッシュボードやAI活用へとつなげることが可能になる。

基幹システム導入時に起こる課題とBTPでの解決方法

よくある課題①:インターフェース・連携仕様の混乱
基幹システムは社内外の多くの周辺システムと連携するが、各システムが独自仕様・独自プロトコルを持っており、設計・試験の煩雑さが障壁になることがある。
これに対し、SAP BTP(SAP Integration Suite)を使うことで、SOAP/REST/OData/SFTPなど複数プロトコル間の連携を統合的に設計し、接続・制御・監視を一元化できる。

図1:社内外の各種システムとS/4HANAの間でのデータ統合、双方向連携を容易に実現可能

よくある課題②:アドオン依存
S/4HANAではアップグレードで最新機能を活用できるようになるが、旧来のERPでは業務部門のニーズに応じてカスタムアドオンが大量に実装され、これがアップグレードの障壁となっていた。
しかしSAP BTPによるアプリケーション外部拡張により、コアシステムには手を加えずに、必要な業務アプリケーションをBTP上で構築し、アップグレード耐性を高められるようになった。

図2:自社固有の独自機能は可能な限りS/4HANAの外(BTP)で実装することでアップグレード耐性が高まる

よくある課題③:権限・認証・ログインがシステムごとにバラバラ
S/4HANA、BTP、SuccessFactors、Aribaなど、複数クラウドを導入する中で、認証・ユーザープロビジョニングの複雑化が発生しやすい。
この課題に対しては、SAP Identity Authentication(IAS)/Identity Provisioning(IPS)を中心としたID基盤をBTP上に構築することで、クラウド間SSOと認可管理を標準化できる。また、Microsoft Entra IDなどのAD基盤との連携も可能だ。

図3:SAP IASを利用することで、複数のシステムのユーザー管理や認可管理を統合できる

よくある課題④:業務フローが標準プロセスに乗らない
業務部門からは「うちのやり方に合わない」「今までの流れを崩したくない」といった理由で、標準機能の受け入れが困難になるケースがある。これに対してはSAP Build Process Automation(ワークフロー)を活用することで、標準プロセスの上に柔軟な承認フローや通知プロセスを追加できる。

ノーコード開発環境により業務部門の担当者自身がプロセス設計に関与できる。これにより現場の要望を迅速に反映し、業務部門の実情に合わせた拡張をIT部門に依存せず迅速に実現できるため、標準機能の利点を生かしながら実務に即した業務運用が可能になる。

図4:自社独自のプロセスの上にS/4HANA業務を連携させていくことが可能

おわりに

第1回では、S/4HANA導入における選択肢と課題、そしてそれを補完するSAP BTPの役割について整理した。ポイントは以下の2点である。

  • S/4HANA導入時には標準機能ではカバーできないギャップや、高度化のための課題が生じる。それを補完するためにSAP BTPとセットで導入するのが定石
  • SAP BTPは「拡張」「統合」「データ活用」の観点でS/4HANAの価値を最大化する

フォーティエンスコンサルティングでは、SAP BTPの国内初事例[1]をはじめ、SAP BTPの活用プロジェクトに多数取り組んできた。以降の連載では具体的なユースケースを掘り下げ、BTP活用のポイントをお伝えしていく。

第2回では 「SAP BTPユースケース1. Integration」 と題して、Integration Suiteを用いたシステム連携の勘所と、プロジェクト推進上の留意点について紹介する。

[1]フォーティエンスコンサルティング(2015), “三菱ふそう、SAP HANA® Cloud Platform を導入し、 トラック運用コストの比較シミュレーションのアプリケーションを約 3 週間で構築”, https://www.fortience.com/company/newsroom/151026/