「最適解」なき時代の「人」起点のサプライチェーン─複雑化する世界に、日本の製造業はどう向き合うべきか─

これまで多くの日本の製造業を支援してきたフォーティエンスコンサルティング(NTTデータグループ)。特にサプライチェーン領域では、常に斬新なコンセプトを打ち出してきた。同社が新たに提唱するのは、「人」を起点とした「SCM6.0(ジェネラティブSCM)」という考えだ。「最適解」なき時代は、製造業にどのような発想転換を迫るのか。同社にてSCMコンサルティングサービスをリードし、25年以上にわたる経験を有する笹川亮平氏に話を聞いた。

「全体最適」という前提を問い直す

「今求められているのは、サプライチェーンにおける全体最適化という『幻想』から抜け出すことです」と笹川氏は指摘する。

SCM領域は、常に改善を求められてきた。2000年代初頭には高度なSCMパッケージが登場し、2015年ごろには機械学習やディープラーニングが取り入れられた。しかし、2020年のコロナ禍でその脆弱性が露呈した。その後は地政学的リスク、関税政策、エネルギー価格の変動、気候変動が重なり、企業は「慢性的な複雑性」への対応に追われ続けている。

笹川氏は「さまざまな危機に際し、その都度、新たな改善プロジェクトが立ち上がり、一時的に成果を生みます。ですが、数年経つと機能しなくなる。その繰り返しでした。これは進化ではなく、課題が浮き彫りになるたびに対応する、いわば『もぐらたたき』の状態です。このままではいけないという課題意識を持っていました」と語る。

笹川氏が課題視するのは、SCMが長年、前提を変えずに「需要予測の精度向上」や「在庫最適化」といった同じテーマを追い続けてきたことだ。ツールは進化しても、問いそのものは変わっていない。

「企業を取り巻く環境が複雑化し、前提条件が変化し続ける中では、自分の見える範囲でいくら最適化を実現しても、業界全体、国全体、地球規模で見れば一部分に過ぎません。それでは全体最適とはいえないのです。今日のリスクは事前に立てたシナリオで予測可能な範囲を超えています」

つながる時代に問われる、
サプライチェーンの反脆弱性

注目すべきは、SCMの課題そのものが変わってきたこと、と笹川氏は指摘する。

「大量生産の時代に生まれたSCMは、かつては分析すれば問題を解くことができました。しかし因果関係が複雑になった今日では、どこで何が起き、どこまで影響が及ぶのかを事前に見通すことが難しくなっています」

背景には、世界の接続性の高まりがある。企業間の結びつきは増え、サプライチェーンは網の目のように複雑化する。結果として一部の異常が全体に波及しやすくなり、全体の脆弱性が高まる。

「今、企業が直面する課題は、何かが起きて初めて影響が分かる『複雑系』の性質を帯びています。接続性が高まるほど変動は予測しづらく、その中で、効率を突き詰めて無駄をそぎ落としたサプライチェーンほど、想定外のショックに脆いのです。この状況で求められるのは、ショックを受けた後に元の状態に戻るだけの強靭性ではありません。変動や不確実性そのものを糧に、危機の前よりも強くなる『反脆弱性』が重要です。危機を避けるのではなく、危機から学び、混乱の中に次の成長の機会を見出す。今、求められるのは高い接続性と反脆弱性を兼ね備えたエコシステム型サプライチェーンです」

人の判断力と創造性を、AIで拡張する

エコシステム型サプライチェーンで重要なのは、「最適化」だけでなく「適応と進化」である。前提が変わり続ける環境では、あらかじめ設定した最適解はあっという間に最適ではなくなる。必要なのは、状況を観察し、関係者と合意しながら動き方を変えていく力だ。

「SCM6.0で追求するのは固定化された理想形・最適形ではなく、継続的に価値を生み出せる状態、すなわちジェネラティブSCMです。その実現にはモノ起点からヒト起点へと発想を転換し、人の判断力や創造性をAIで拡張する、そこがAIの活用領域として重要と考えています」と笹川氏は話す。

フォーティエンスでは、こうした人の価値を高める取り組みをすでに進めている。例えば、製造業のベテラン社員の判断プロセスをAIに学習させ、そのAIを若手社員の育成に活用する取り組みだ。若手社員はAIとの対話を通じてベテランの考え方や判断基準を学び、ベテランは結果を評価してフィードバックする。このサイクルを繰り返し、若手社員の成長とAIの高度化を同時に実現している。

「何をするかではなく、どう考えるかを身につけるのが目的で、数カ月でベテランのノウハウを若手が引き継げることが実証されました。こうした知識創造のプロセスにAIを活用して人の成長を促し、組織として自律的に動ける状態にしていく。そうすることで、変化への適応力を向上させます」(笹川氏)

これまで業務処理や顧客応対などに使われることの多かったAI。今後は、分析を支援するだけでなく、人の洞察力を引き出し判断力や実行力の向上に役立つものになる。そのためにはAIに答えを求めるだけでなく、「疑うべき前提は何か」を問いかけさせる。この発想転換こそが、AIの力をより引き出すことにつながる。

企業を超えた連携が、SCMを進化させる

SCMのオペレーションにも変化が起きるという。

「これまでのサプライチェーンは環境が安定している前提でオペレーションを密接に結合させてきました。SCM6.0では、答えが一つに定まらないことを前提に、AIを活用しながら人が意思決定していきます。計画立案や条件交渉、市場の見立てなど、人が判断すべき領域をAIが支える形です」

重要なのはこうした自律的な連携を企業の枠を超えて、サプライヤーだけでなく、競合、他業界、アカデミア等も含めて広げていくことだ。笹川氏は「関係性を幅広く捉えることで1社ではできないことが可能になります。そのための共創の場も用意していきます」と話す。

エコシステムを築く力は日本の製造業が培ってきた強みである。AIエージェントの活用が進むこれからの時代、その強みをどう高度化すべきか。SCM6.0は、日本の製造業が複雑化する環境に適応し、進化していくための新たな設計思想となりそうだ。

笹川亮平

フォーティエンスコンサルティング株式会社
執行役員 サプライチェーンビジネストランスフォーメーション本部長
25年以上にわたりSCMコンサルティングに従事。フォーティエンスコンサルティングにおけるSCMおよびS&OPのコンサルティングサービスをリードし、パートナーとのアライアンス関係の構築、クライアントエンゲージメントを高める役割も担う。SCMの計画領域における企画構想、データ分析、プロジェクト計画、実行、管理までを手掛ける。著書に『ダイナミックサプライチェーンマネジメント』、『フォーサイト起点の社会イノベーション』、新著『AI時代のサプライチェーン・エコシステム 価値を生成し続けるジェネラティブSCM』がある。

近著紹介
『AI時代のサプライチェーン・エコシステム 価値を生成し続けるジェネラティブSCM』
『ダイナミック・サプライチェーン・マネジメント レジリエンスとサステナビリティーを実現する新時代のSCM』


※本記事は日本経済新聞電子版(2026年7月掲載)より転載しています。
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