
大日本印刷株式会社
総合印刷業・その他製品(東証プライム上場)

国内外で事業領域を広げる大日本印刷(DNP)は、コロナ禍以降のサプライチェーン環境の激変を受け、困難を乗り越えて成長するため、購買本部員共通の2030年を見据えたあるべき姿「購買本部 未来ビジョン」を策定しました。社内外のプロフェッショナル/エグゼクティブ約30名へのヒアリングと、部門内横断のワークショップ(全5回・参加54名)で合意を形成。自ら能動的に働きかけ、環境・経済・社会のより良い変化を購買から生み出していこう――そんな決意のもと、「私たちは、チャレンジングなプロフェッショナルとしてサプライチェーンをデザインしソーシャルバリューをつくる」というビジョンをつくりました。現在は、ビジョンを実現するためにテーマ別の改革課題を設定し解決のための横串活動を推進しています。
本稿では、DNPで購買改革をリードする三宅氏、実務推進を担う天野氏、コンサルタントの野町が、改革の背景と進め方、見え始めた手応え、今後の課題を語りました。
課題
- 現場と組織戦略部門の意識差により、改革のための新たな仕組みが定着しなかった。
- 購買本部としての一体感が不足(本部内部門単位の活動が強く、横連携が弱い)、標準化が進みにくかった。
- VUCA時代に必要な組織全体でのグローバル&プロアクティブな活動に難しさを感じていた。
成果
- 購買の役割を「材料調達」から「サプライチェーンをデザインし、ソーシャルバリューを生む」へ再定義できた。
- ワークショップを通じて、未来ビジョンが部門全体の共通認識となり、言葉と行動が変化し始めた。
- 課題を自分たちで捉え直し、主体的に改善に取り組む“自走の芽”が育ち始めた。
対談者
大日本印刷株式会社 専務取締役
三宅 徹 氏
大日本印刷株式会社 購買本部 購買企画部 部長
天野 菜美 氏
フォーティエンスコンサルティング株式会社 マスタープリンシパル
野町 直弘
「買えない・運べない・売る気がない」時代に、購買の重要性が増した
三宅氏:DNPは創業150年の歴史があり、出版印刷から出発して、いまは「印刷技術」を核に、世の中を支える多様な素材・部材・サービスに事業が広がっています。購買本部は本社機能として、材料調達に加え設備・建屋なども扱っており、購買調達する対象は膨大です。人数は170名規模で、パーチェシング/ソーシング、開発購買、サステナブル調達、情報調達などを担っています。
――環境変化として大きかったのはどのような点でしょうか。
天野氏:やはりコロナ以降です。調達の困難度が上がり、サプライチェーン上の機能として購買の重要性が一気に高まりました。
野町:企業の購買を取り巻く環境としては、「買えない」「運べない」、さらに「売る気がない」と言われる時代に入った、という認識が広がっています。原材料の市況高騰や政府主導での人件費の価格転嫁や取適法に代表される法改正などによる価格改定圧力、供給リスクの顕在化、そしてサステナビリティ重視。いわば“調達トリレンマ”が同時進行しています。
三宅氏:野町さんがおっしゃるように、調達を取り巻く環境はいま大きく変わっています。私は研究開発や事業の責任者も経験してきたので、「自社の立ち位置はどこなのか」「世の中が3年後、5年後にどう変わるのか」を前提に、先回りして手を打つのが普通だと思っていました。ところが購買は、受注産業のなかでも事業側の仕様・納期に合わせて後追いで動く立場になりやすく、未来から逆算する議論が起こりにくい。私が2017年に購買担当役員に就任して以降、まさにそこを変えて、購買がプロアクティブに課題を捉え、部門として同じ方向を向いて動ける状態にしていきたいと考えてきました。
真に解くべき問題は何か? 未来ビジョン策定による組織改革へ
――改革は、どのように始まったのでしょうか。
野町:最初は「サプライヤーとの関係構築」にフォーカスして、戦略的なサプライヤーマネジメントの仕組みを一緒に作っていこう、というご依頼から始まりました。その後、「購買本部未来ビジョン策定」という組織全体改革へと軸足を移していきました。体制としては、コアメンバー約10名に加えて関与メンバー約40名、部長層約10名を含む総勢約60名規模で進めました。
――途中で立て直しが必要になったと伺いました。最初の取り組みから、組織改革へと舵を切る転換点はどこにあったのでしょうか。
野町:DNP購買企画の皆さんと、システム導入も含めて戦略的なサプライヤーマネジメントの仕組みやプロセスづくりを進めていったのですが、なかなか社内展開がうまくいかなかったんです。
実は、現場部門と企画部門の間で意識の差があって、それがボトルネックになっていました。そこで「ちょっとおかしいな」と感じて、購買本部の若手を中心としたキーメンバーに話を聞きました。
すると、例えば「風通しを良くする必要がある」とか、セグメントごとの購買が強くて購買本部全体の一体感が弱い、といった声が出てきました。さらに、VUCAと言われる激動の時代にプロアクティブに対応できていない、海外ソースの活用や標準品の採用が遅れている、といった“本質的な課題”も見えてきました。
これは仕組みを作るだけでは足りない。組織改革・風土改革として取り組まないといけない、という認識になりました。そこで、合意形成型で未来ビジョンを皆さんと一緒に作り、それを起点に全体改革を進めませんか、と提案しました。そこから「購買本部未来ビジョンの策定」と「全体改革」のプロジェクトがキックオフした、という経緯です。
――その当時、DNP社内側ではどのように見えていましたか。
天野氏:最初はサプライヤーマネジメントやカテゴリーマネジメントを組織に仕組みとして根付かせようとしましたが、なかなかうまくいきませんでした。原因の一つには、外部のコンサルタントを初めて使うことへの警戒感もあったと思います。そこで、いきなり手法を入れるよりも、改革の土台として、まず「自分たちは何者で、どこへ向かうのか」を合意形成し、共通言語をつくる必要があると判断しました。
――フォーティエンスをパートナーに選んだ決め手は何でしたか。
天野氏:きっかけは、三宅が新聞で野町さんの活動を知ったことでした。「まずは見立てをいただこう」とこちらからコンタクトしました。お話しを伺った際に、危機感を共有できたのが大きかったです。
三宅氏:正直、コロナの危機を乗り越えたので「自分たちだけでできる」と思っていました。ただ、野町さんに簡易評価をしてもらったところ、10段階で2~3点という結果でした。そこで、「この機会にきっちりやろう」と腹をくくりました。特に良かったのは、自分たちでは正確に把握することができないVOS(サプライヤの声)やVOC(事業部長の声)をフォーティエンスが本音を引き出してくれたことにより、私たちに足りないところを可視化できたことです。
5回のワークショップで言語化した、購買本部の新しい役割
――未来ビジョンは、どのように策定されたのでしょうか。
天野氏:キーは、プロフェッショナル・エグゼクティブヒアリングとワークショップです。まずは自社マネジメント、サプライヤー、他社など約30名にヒアリングを行い、購買に対する“厳しい声と高い期待”、“グローバル水準の高度な調達組織との差”を正面から受け止めました。
その上で、部門内で計5回のワークショップを実施しています。部課長・グループリーダー中心の一次(23名)と、若手・女性・地域を加えた二次(31名)に分け、合計54名で議論し、メンバーそれぞれが納得できる“合意形成型”の未来ビジョンとしてまとめました。
野町:ワークショップは、いわば短期集中の“合宿”のようなものです。普段の業務では考えない論点を持ち込み、他拠点のメンバーを混ぜて議論することで、「横連携のメリット」や「材料情報を先取りして全社で共有してほしい」といったニーズを、部門として再確認できました。
――ビジョンの中で、特にこだわられた点は何ですか。
三宅氏:なによりも言葉です。われわれの想いをみんなが同じ目線で目指すことができるように、文言には徹底的にこだわりました。 端的に言えば「私たちは、チャレンジングなプロフェッショナルとして、サプライチェーンをデザインし、ソーシャルバリューをつくる」。この3つのキーワードが核です。購買は、ただ単に材料を“買う”だけでなく、社会価値を起点にサプライチェーンを設計する――そこまで役割を引き上げたいと思いました。
購買本部未来ビジョンカードは多くのメンバーがIDカードと一緒に携帯し、いつでも見られるようにしているとのこと。
ビジョンを“絵”で終わらせない:改革テーマ推進の仕掛け
――策定したビジョンを、どのように実行へつなげたのでしょうか。
天野氏:ビジョンと同時並行で、組織・業務改革の課題を洗い出し、テーマごとに横串のチームを結成して推進しています。
具体的な進め方としては、要件定義→As-Is/To-Be→ギャップ→改革テーマ設定という“ルールブック通り”を丁寧にやりました。
――「巻き込み」を重視したと伺いました。
天野氏:はい。サプライヤーマネジメントのプロジェクトでは現場の巻き込みが足りなかったという反省がありました。そこで、このステージでは、購買本部の現場調達を担う部長たちを、プロジェクトマネジメントに迎えました。丁寧に対話を重ねて意図や懸念をすり合わせ、納得感を得たうえで、推進役として参画いただきました。
成果:言葉が変わり、行動が変わる兆し
――現時点での成果をどのように捉えていますか。
三宅氏:ビジョンができたことで、購買の仕事を「材料を調達する」から「サプライチェーンをデザインし、ソーシャルバリューをつくる」へと再定義できました。今後の世の中の変化を起点に「変化に対応するために何をすべきなのか」をみんなで議論できる土台ができたことが大きいですね。まさに、自分たちの新しい役割を意識して考えることにより、われわれが使う言葉が変わってきた実感があります。
野町:出来上がった未来ビジョンは、正直ここまで進んだものになるとは、思っていませんでした。特に「ソーシャルバリュー」という言葉を、購買部門として自分たちの役割に据えたのは象徴的です。もう一つの成果は、ビジョンを掲げて終わりではなく、課題を自分たちで捉え直して「自分たちの力で解決していく」という意識が育ってきたことです。ここが、行動の変化につながっていく土台だと思っています。
天野氏:具体的な改革の取り組みも進んでいます。例えば、これまで展開が進みにくかったカテゴリーマネジメントです。これまでは、既存の取り組みと重複する部分もあって「今さら感」が出やすく、全体の合意が得られにくい面がありました。そこで、狙いが伝わるように現場の普段の言葉に合わせて「品種別調達戦略」と位置づけ直し、すでに部分的に行っていることを組織全体の活動として戦略的に進める必要性について、全現場部長と対話し、合意を得ました。その過程で出てきたアイデアも取り込み、現在はデジタル活用も含めて具体化を進めています。
残された課題:自走と、未来ビジョンの継続的アップデート
――残された課題と今後の展望について伺います。改革は継続して進めていらっしゃると思いますが、まだ課題が残っている部分もあるようです。そのあたりをお聞かせいただけますか。
三宅氏:コロナのときは、在庫を6カ月積む判断などは、私が主導していました。一方で今回の改革では、未来ビジョンの文言の策定も含めて、部長たちが話し合って決めてきました。当面の課題としては、改革を部長層だけのものにせず、担当まで腹落ちさせて、行動として回るところまで持っていくことだと思っています。担当の上には課長がいますから、そこを動かせば全部動いていきます。課長層まで広げて“自分ごと化”させ、行動になって成果が出て、部下も一緒に動く状態にすることで、最終的には自走できるようになることを目指しています。
――現状の手応えはいかがですか。
三宅氏:部長に加えて、課長も自走できてきたので、基盤としては整ってきています。ただ、ここから先は「部門内だけではできない」領域に入っていきます。会社全体や得意先、サプライヤーなどのサプライチェーン全体を巻き込んでいかなければなりません。そこまでいくには時間がかかるでしょうが、みんなに参加してもらうことにより、より大きなソーシャルバリューをつくることができるようになると思っています。
野町:私たちはコンサルタントとして、単に仕組みをつくって終わりにするのではなく、お客様ご自身が仕組みをつくり、運用し、振り返り、継続的に改善していけるような意識と能力を育むことを大切にしています。そうした力が徐々にDNPさんの中に根づき、実践へとつながり始めていると感じています。
――環境が変わり続ける中で、どのように「未来ビジョンの継続的アップデート」をしていくイメージでしょうか。
天野氏:具体的には、既存の価値観にとらわれず、過去の慣習をいったん手放しながら管理職、ベテランだけではなく若いメンバーも一緒に、購買の役割そのものを改めて見つめ直していく必要があります。“今まで当たり前”と思っていたことに限らず、場合によっては『これは本当に購買の仕事なのか』という領域にも踏み込んで、事業のためにどれだけ自分ごととして取り組めるかを試していく。“未来のあたりまえをつくる。”フェーズに入っていると感じています。
――最後に、今回のフォーティエンスコンサルティングによる支援について、率直な評価をお聞かせください。
三宅氏:まずは、ここまでたどり着けたことに感謝しています。フォーティエンスの伴走がなければ、購買は従来の“材料を調達するだけ”の組織のままだったかもしれません。「ソーシャルバリューをつくる」ことを目指す組織に引き上げてもらえたことは大きな成果です。今後は、購買本部の枠を超え、営業や企画など他部門、さらには複数社を巻き込んだ価値創出にも取り組んでいきたい。その際のご支援にも期待しています。
私は日本企業のトップが集まる場などで、日本の事業競争力を向上させるための議論をしています。
今の時代は、一企業だけの力では世界で勝てる状況ではありません。
そのような状況において、フォーティエンスにはこのような支援をより多くの企業に展開していただき、日本企業が連携して事業を発展できるようになることを期待しています。
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※本記事の掲載内容は取材当時(2025年12月)の情報に基づいています。公開時点では、役職・所属等が変更となっている可能性があります。