【第1回】において、AI時代における製造業、SIer、小売業の共通の危機と、その対応の枠組みとしてSBX(Service Business Transformation:サービス事業変革)を提示した。
本稿は、SBXをいかに実践するか、そして実際の成功事例から何を学ぶべきかを、具体的に掘り下げる。
SBXとは何か:おさらい
第1回では、製造業、SIer、小売業が共通して「製品を売って終わり」のモデルから、継続的に収益を生むサービス型モデルへの転換を迫られており、その対応の枠組みとして有効なのがSBXであることを述べた。その原則は「Business First, AI Second」——AIは目的ではなく、設計された事業モデルがあって初めて成果を増幅する「乗数」であるということだ。
SBXという枠組みは、2つの層からなる。変革によって何を作り上げるかを示す「5つの変革領域」(What)と、それをどの順序で実装するかを示す「実践ステップ」(How)である。本稿では、まず5つの変革領域で全体像を示し、続いて事例から共通する要諦を読み解いたうえで、実践ステップへと進む。
SBXの全体像:5つの変革領域
SBXは、サービス事業を継続的に成長させるために必要な要素を、5つの変革領域として体系化する。この5つは独立した施策ではなく、相互に連動して1つの経営の仕組みを形づくる。AIはこの全体に組み込まれて初めて事業成果につながる。
1. Strategic Planning(戦略立案)
誰に、何を、いくらで提供するかを定める領域である。ターゲット顧客の設定、サービスメニューの設計、レベニューモデル(サブスクリプション/従量課金/成果連動など)、GTM(Go to Market:市場参入)戦略、投資回収計画が含まれる。
2. Operational Excellence(オペレーションの卓越性)
マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス、カスタマーサポートという顧客接点を、部門ごとの努力ではなく一気通貫のプロセスとしてつなぐ領域である。標準プロセス、KPI、会議体、ツールの設計が含まれる。
3. Response & Control(実績管理、迅速対応)
KPI、予実、ROI(投資対効果)、リスクを管理し、四半期/月次のローリングフォーキャスト(実績を反映して計画を継続的に見直す手法)で計画の精度を高め続ける領域である。
4. Data Foundation(データ基盤)
顧客、利用、業務、収益のデータを結合し、意思決定とサービス改善に使える状態に整える領域である。AIを業務に組み込むための前提となる。
5. AI Orchestration(AIの業務組み込み)
AIエージェントを個人の生産性ツールとしてではなく、業務、権限、監査、KPIに組み込み、統制下で機能させる領域である。
5つの変革領域は、それぞれが独立して機能するものではない。「Strategic Planning」「Operational Excellence」「Response & Control」がサービス事業の中核を担い、「Data Foundation」と「AI Orchestration」がそれらを支えることで、初めて継続的な価値創出の仕組みが成立する。
差別化の源泉は、単独のサービスでもAIでもない。顧客接点から得られるデータをサービス改善へと循環させる構造——すなわち「価値提供→データ取得→AIによる改善→価値向上」のループにある。サービス×データ×AIを一体で回せる企業だけが、模倣されにくい継続的な競争優位を築ける。
5つの変革領域を横断する実行力
AIは、5つの変革領域の1つ(AI Orchestration)であると同時に、「Strategic Planning」「Operational Excellence」「Response & Control」の各領域の実行力を押し上げる横断的な力でもある。2026年時点において、その影響は無視できない水準にある。フォーキャストは過去実績と経験則への依存から多変数のリアルタイム分析へ、顧客のヘルススコア管理は手動確認からAIエージェントによる予兆検知へ、マーケティングは画一的な施策から個別最適なメッセージ生成へと変わる。ただし繰り返すが、これらはいずれも設計された事業モデルがあって初めて成果を生む。AIはあくまで乗数である。
先進企業に学ぶ:サービス変革の実践
ここからは、サービス変革を実現した企業の事例を見ていく。中心となるのは、製品を売っていた企業が、既存事業の専門知識、顧客関係、蓄積データを土台に、データとAIを循環させるサービス層を築いた製造業の事例である。
製造業:コマツ ― 稼働データを継続収益に変える
コマツは、建設機械に機械稼働管理システム「Komtrax(コムトラックス)」を標準搭載し、稼働データを収集してきた。このデータを基盤に、保守・部品供給を継続的な収益源とするアフターマーケット事業を拡大している。アフターマーケット事業の売上高は建設機械・車両事業の約5割、利益では約6割を占め、長時間稼働する鉱山機械では売上比率が約3分の2に達する[1]。
さらにコマツは、稼働データをAIで解析して施工全体を最適化するデジタルソリューション「スマートコンストラクション」を展開している。蓄積した稼働データを、施工最適化というサービスへ、AIを介して接続する——SBXが示す循環構造を体現した事例である。新車販売は景気で変動するのに対し、アフターマーケットは稼働台数に応じて安定収益が見込める。コマツはこの比率を段階的に高めてきたが、それは一足飛びではなく、継続的な投資と改善の積み重ねによるものである。
製造業:ロールスロイス ― 「モノ」から「成果」への課金転換
航空エンジンのロールスロイスは、エンジンを売る事業から、エンジンの稼働時間を保証するサービス「TotalCare®」へと収益モデルを転換した。顧客はエンジンという「モノ」ではなく、安定稼働という「成果」に対して対価を払う。これはアウトカムベース(成果連動)モデルの代表例である[2]。
このモデルが成立する前提は、エンジンに搭載したセンサーから収集する稼働データを、AIで分析して故障を予兆段階で検知することにある(ロールスロイスはこれを「IntelligentEngine」と呼ぶ)。AIによる予兆保全がなければ、稼働保証は過大なリスクを伴い採算に乗らない。データとAIが、成果課金という事業モデルを現実のものにした事例といえる。
製造業:日立製作所 ― 蓄積知見をデジタルサービスへ
日立製作所は、顧客のデータから価値を創出するデジタル事業を「Lumada(ルマーダ)」として展開している[3]。Lumadaは、長年培ってきた社会インフラや産業分野の知見(ドメインナレッジ)と、ITサービス、そしてAIを掛け合わせることで価値を生み出す。
日立は2025年4月に公表した経営計画「Inspire 2027」で、FY2024に31%であったLumada事業の売上収益比率を、FY2027に50%へ引き上げる目標を掲げた[4]。この比率はFY2025には40%(Lumada事業の売上収益4兆1460億円)に達しており、目標に向けて着実に進捗している[5]。さらにその先の長期ビジョンとして、売上比率80%・Adjusted EBITA率20%を目指す「Lumada 80-20」を掲げる[4]。
製品の知見を、データとAIを介して継続収益型のサービスへと転換する——大企業によるサービス変革の代表例である。
ソフトウェア:MicrosoftとAdobe ― サブスクリプションがAI提供を支える
MicrosoftとAdobeは、買い切り型のソフトウェア販売から、利用を続ける限り収益が積み上がるサブスクリプション型へと転換した。Microsoftは2010年代にAzureとMicrosoft 365を軸にこの転換を進め、近年は生成AI「Copilot」をサービスに統合している。Adobeも、Photoshopなどの買い切り販売からCreative Cloudへ移行し、生成AI「Firefly」を製品群に組み込んだ[6][7]。
両社に共通する要点は、サブスクリプション化が単なる課金方法の変更ではないことだ。継続課金の構造があるからこそ、生成AIのような新機能を「アップデート」として継続的に届け、収益化できる。サービス型への転換が、AI時代の継続的な価値提供を支える基盤になっている。
小売業:データ循環を競争力に変える海外事例
小売業でも、顧客データとAIの循環を競争力に変える動きは広がっている。Amazonは、顧客の行動データを用いたレコメンドで購買体験を高めてきた。さらに、自社で培ったレコメンド技術をAmazon PersonalizeなどのサービスとしてAWS経由で外部にも提供している[8]。Alibabaは需要予測・価格最適化・在庫管理・商品推奨をAIで統合し、収益改善につなげている[9]。これらは製造業のサービタイゼーションとは性質が異なるが、「顧客接点で得たデータをAIでサービス改善へ循環させる」という原則が、業態を超えて競争優位の源泉になることを示している。
事例が示すSBXの要諦
これらの事例は、業態こそ違えど、SBXが示す原則が現実に機能することを裏付けている。すべての事例に一律に当てはまる法則ではないが、共通して見えてくる要諦が3つある。
第一に、既存資産を起点にすること。専門知識、顧客関係、蓄積データを捨てずに、それをサービスの差別化につなげている。コマツの稼働データ、日立のドメインナレッジがその典型である。これはSBXの「Strategic Planning」と「Data Foundation」に対応する。
第二に、サービス×データ×AIを循環させること。顧客接点で得たデータをAIでサービス改善へ還元し、その価値向上がさらにデータを生む。コマツのスマートコンストラクション、ロールスロイスの予兆保全がこの循環を体現している。これがSBXの差別化の源泉であり、データ蓄積の深さがサービス品質を決める。
第三に、変革は段階的に進むこと。サービス収益比率の拡大は一足飛びには起きない。コマツのアフターマーケット強化、日立Lumadaの成長が示すとおりだ。それゆえSBXの実践も、一度きりの導入ではなく反復的な改善として設計される——次章で述べる実装ステップは、この考え方に基づいている。
SBXの進め方:5つの領域をどう実装するか
前章までに示した5つの変革領域が「何を設計するか(What)」だとすれば、ここからは「どう実装するか(How)」である。SBXは、診断から定着までを次の流れで進める。各段階で、5つの領域を具体的な打ち手へと落とし込んでいく。
ステップ1:現状診断(Assessment)
サービス事業の成熟度を客観的に診断し、変革インパクトの大きい領域を特定する。戦略、業務、データ、人材、組織、IT、AIという観点で現状を構造化し、既存事業のどの資産を強みとして生かせるかを明確にする。
ステップ2:構想策定(Vision & Strategy)
目指すサービス事業の姿を定義する。ここで、新規にサービスを立ち上げる企業と、既存サービスを強化/変革する企業とで力点が分かれる。
新規立ち上げの場合は、サービスのビジネスモデル、ターゲット顧客、ポジショニングを定義し、市場規模や競合を踏まえてGTM戦略を描く。既存強化の場合は、現行サービスの顧客満足度とAIによる改善余地を診断し、高度化と新領域展開のバランスを設計する。いずれの場合も、この段階で経営層のコミットメントを確保できるかが、その後の成否を分ける。
ステップ3:設計(Design)
GTM、オペレーション、組織、データとAIを具体的に設計する。どの組織機能をいつ整備し、どのKPIをいつ達成するか、AIをどの業務にどの権限で組み込むかを定める。5つの変革領域が、ここで実行可能な計画へと翻訳される。
ステップ4:移行(Transformation)
設計した内容に基づき、組織機能の構築、AIの実装、市場投入を進める。重要なのは、固定的な計画を遂行することではなく、四半期/月次のローリングフォーキャストに基づき柔軟に見直すことである。実データ、顧客の反応、現場の制約を踏まえて計画を更新し続けることで、変革は着実に実行フェーズへ移行する。
ステップ5:定着(Scale)
軌道に乗った変革を、一部門やサービスにとどめず、全社へと横展開する。標準プロセスとして定着させ、継続的な改善のサイクルを組織に根づかせることで、SBXは一度きりの施策ではなく、企業に持続的な競争力をもたらす経営の仕組みとなる。
製造業の利益構造の再設計、SIerの人月モデルからの脱却、小売業のデータ駆動への転換——表面的な課題は異なっても、求められているのは同じサービス事業への変革である。そして、この変革に「完成」はない。市場とテクノロジーの変化は速く、SBXそのものも継続的に進化させ続ける必要がある。
コマツの段階的な移行、日立Lumadaの継続的な成長が示すように、サービス変革は一度きりの施策ではなく、組織全体による継続的な改善の積み重ねである。AI時代を生き抜くために必要なのは、AIの導入そのものではなく、AIを継続的な収益へと活かせる経営モデルへの転換である。SBXは、その転換を実現するための枠組みであり、具体的な道筋である。
【出典】
[1] コマツ, “コマツレポート2025”, https://www.komatsu.jp/ja/ir/library/annual(参照2026年7月25日)
[2] Rolls-Royce plc, “TotalCare”, https://www.rolls-royce.com/products-and-services/civil-aerospace/services/totalcare.aspx(参照2026年7月25日)
[3] 日立製作所, “Lumada”, https://www.hitachi.co.jp/products/it/lumada/index.html(参照2026年7月25日)
[4] 日立製作所, “統合報告書2025/日立グループ 経営計画「Inspire 2027」”(Lumada事業の売上収益比率:FY2024実績31%、FY2027目標50%、長期目標「Lumada 80-20」), https://www.hitachi.co.jp/IR/library/integrated/ (参照2026年7月25日)
[5] 日立製作所(2026年4月27日), “2026年3月期 連結決算の概要[FY2025]”(Lumada事業の売上収益4兆1460億円、売上収益比率40%), https://www.hitachi.com/content/dam/hitachi/global/ja_jp/press/files/2026/04/0427/2025_Anpre.pdf (参照2026年7月25日)
[6] Microsoft Corporation, “Investor Relations”, https://www.microsoft.com/en-us/investor/(参照2026年7月25日)
[7] Adobe Inc., “Investor Relations”, https://www.adobe.com/investor-relations.html(参照2026年7月25日)
[8] Amazon Web Services, “Amazon Personalize”, https://aws.amazon.com/jp/personalize/ (参照2026年7月25日)
[9] Yuming Deng et al.(2023), “Alibaba Realizes Millions in Cost Savings Through Integrated Demand Forecasting, Inventory Management, Price Optimization, and Product Recommendations”, INFORMS Journal on Applied Analytics, vol. 53(1), pp. 32-46, https://pubsonline.informs.org/doi/10.1287/inte.2022.1145(参照2026年7月25日)