サマリー
- 食品事業への新規参入は、OEM(他社ブランド商品の製造)/ODM(他社ブランド商品の企画、設計、製造を一貫して受託)の発展やEC市場の拡大、既存事業とのシナジー創出を背景に増加している。一方で、品質事故の責任はブランドオーナーが負うため、食品業界特有の品質保証体制を適切に構築することが事業成功の前提となる。
- 新規参入企業は、「①リスクへ過剰/過小対応してしまう」「②業態や製品特性を無視して一律の管理基準を適用する」「③基準策定で満足し運用、定着まで設計しない」という3つの落とし穴に陥りやすく、結果として実効性の低い品質保証体制となる。
- 当社の支援事例として、現場調査に基づくリスクの優先順位付け、全社共通基準と拠点特性に応じた個別基準の組み合わせ、さらに「セルフチェック」「モニタリング」、「教育」を組み合わせたPDCAサイクルの構築を図った。それにより、有効性の高い品質ガバナンスを実現した。
- 食品安全/品質保証では、「①リスクと実効性を踏まえた優先順位付け」「②共通ルールと個別最適の両立」「③『基準』『モニタリング』『教育』」を一体で設計し現場への定着させることが、持続的な品質保証体制と事業成長の鍵となる。
はじめに
異業種企業による食品事業への参入が、静かに加速している。2022年に医薬品流通大手のメディパルホールディングスが食品添加物を扱う住友ファーマフード&ケミカルを子会社化したほか、2023年にロート製薬が冷凍宅配弁当事業者へ出資した。また、東京電力フュエル&パワー株式会社が自社の発電事業のノウハウを活用し2018年にイチゴの通年栽培を開始した。2021年に株式会社奥村組が自社の技術研究所内で陸上養殖事業を開始した。
M&Aによる参入もあれば、グループ内での新規事業立ち上げもある。業種も参入形態も多様だが、本業が食品でない企業が食品事業を持つという構図が、じわじわと広がっている。
なぜ、食品事業がこれほど新規の参入先として選ばれるのか。背景にあるのは、事業環境の変化によって参入障壁が下がる一方で、既存事業とのシナジーを生みやすくなったことにある。特に近年は、OEM/ODM市場の成熟やECチャネルの拡大、健康志向市場の成長などを追い風に、異業種企業でも事業化しやすい環境が整ってきた。主な要因は次の3つである。
技術的/事業的ハードルの低下
多くの食品カテゴリーでは、医薬品や半導体のような高度な研究開発や長期間の技術蓄積を必ずしも必要としない。さらに近年は、OEM/ODM事業者の増加と技術力向上により、商品企画や処方設計、製造までを外部パートナーと連携して実現できるようになった。小ロット生産への対応やEC販売の普及も進み、自前の工場や大規模な販売網を持たなくても市場参入が可能になっている。かつては、食品事業への参入に必要だった「製造設備」「販路構築」「商品開発機能」の多くを外部活用できるようになったことで、異業種企業から見た実質的な参入障壁は大きく低下している。
既存事業との隣接性の高さ
近年、多くの企業が既存事業の成長鈍化や市場成熟に直面し、新たな収益源の確保を模索している。その中で食品事業は、既存の顧客基盤や販売チャネル、ブランド資産との親和性が高い。例えば、ヘルスケア企業であれば機能性食品や栄養関連商品、EC事業者であれば自社プラットフォーム向けプライベートブランド(PB)商品、物流/流通事業者であれば既存ネットワークを活用した食品販売など、保有する経営資源を比較的生かしやすい。新規事業でありながら既存事業とのシナジーを描きやすいことが、参入を後押ししている。
消費者との日常的な接点を獲得できる
食品は毎日消費される数少ない商品カテゴリーである。近年、多くの企業が単なる製品販売ではなく、顧客との継続的な関係構築やLTV(顧客生涯価値)の向上を重視するようになった。その観点で食品は、購買頻度が高く、消費者の生活習慣に入り込みやすいという特長を持つ。健康志向の高まりやウェルビーイング市場の拡大も相まって、食品は企業ブランドと消費者をつなぐ接点としての価値を高めている。顧客との接触機会を増やしたい企業にとって、食品事業は魅力的な選択肢となっている。
しかし、ここには見落とされがちな落とし穴がある。食品事業は、OEM/ODMの活用により参入しやすくなった一方で、品質に関する責任は最終的にブランドオーナーである自社が負う。また、既存事業とのシナジーを期待して参入した場合でも、食品業界特有の法規制や品質管理の知見が不足していれば、思わぬリスクを招きかねない。さらに、食品は消費者との接点が多いからこそ、ひとたび品質事故が発生すると、その影響はSNS等を通じて瞬時に拡散し、企業ブランドや事業そのものに深刻な打撃を与える。食品業界のトラブルに対する消費者の目は厳しく、「本業ではないから」という言い訳は通用しない。このように、参入障壁が下がったことと、事業運営が容易であることは決して同義ではない。実際、多くの新規参入企業が「品質保証体制をどこまで整備すべきか分からない」「食品業界として求められる管理水準が見えない」といった課題に直面する。食品事業で持続的な成長を実現するためには、商品開発から調達、製造、販売までを含めた品質ガバナンスの構築が不可欠である。本稿では、新規参入企業が陥りやすい品質保証上の3つの罠と、その対応の方向性について解説する。
食品参入企業が陥る3つの本質的な罠
外から食品事業に参入した企業の多くが、以下の3つの罠に陥る。それぞれ食品業界特有の構造的な難しさと深く結びついているため、ナレッジの少ない新規参入企業は対応に苦労するポイントとなる。
罠①:リスクへの過剰/過小対応
食品安全に関わる法規制と認証体系は、外から見るよりはるかに複雑だ。HACCP(ハサップ)義務化(2021年完全施行)、食品衛生法、FSSC22000、ISO22000、JFS規格——適用すべきルールが多岐にわたり、業界経験のない企業にとっては「何にどこまで対応すべきか」を判断する基準そのものを持ちにくい。
その結果、担当者は往々にしてすべてのリスクを最高水準で管理しようとし、業務負荷を青天井にしてしまう。逆に「どこまでやるか」の判断基準がないまま省力化に走ると、重大なリスクを見落とす。リスクの大小を見極めるベースラインがないため、両極端に振れやすい——これが第一の罠である。
罠②:カテゴリー/業態を無視した一律適用
食品事業はカテゴリーや業態によって求められる管理レベルが大きく異なる。製造か加工か流通か販売のみかで適用範囲が変わり、アレルゲン管理、サプライヤ管理、トレーサビリティ、フードディフェンスといった重点領域も製品特性次第で変わる。一見似たような事業に見えても、管理のツボはそれぞれ違う。
一方で参入企業は統一された品質保証体制を構築するため、「全事業に同じ基準を適用すれば安心」という発想に流れがちだ。しかし一律適用は、本来管理すべき箇所を見逃しながら、管理不要な箇所に過剰な工数をかけるという二重の非効率を生む——これが第二の罠である。
罠③:基準策定で満足し、定着を設計しない
食品安全は「守りの仕事」であり、現場には「なぜやらなければならないのか」が伝わりにくい。本業が食品でない企業ほど、品質保証文化が社内に根付いていないため、新しい基準を現場が受け入れるハードルは高い。
現場に対する十分な説明が行われないまま基準書や管理規定を策定したり、PDCAを回す仕組みづくりを疎かにしたりすると、品質保証体制が効果的に機能せずたちまち形骸化してしまう。「作る」フェーズに力を注ぎすぎて、「根付かせる」フェーズの設計を見逃してしまう——これが第三の罠である。
事例:インフラ企業の食品安全品質体系構築
ここまで述べてきた3つの課題は、抽象論として整理されたものではなく、実際の現場で具体的なかたちをとって現れる。私たちが支援したあるプロジェクトの事例を通じて、これらの罠が現場でどう立ち上がり、どう乗り越えられたのかを、より高い解像度で見ていきたい。
あるインフラ企業は、事業の多角化を進める過程で、業態の異なる食品関連事業をグループ内に複数抱えるに至っていた。各事業会社ではそれぞれの現場で品質管理が行われていたが、ポートフォリオがある程度の規模に達した段階で、「事業会社単位の取り組み」を「グループ全体の体系」へと引き上げる必要性が浮上してきた。グループ本社として食品安全品質の基本方針と管理基準を整え、グループ横断のガバナンスとして機能させること——これが、私たちのプロジェクトの起点だった。
立ち上がってすぐに直面したのは、議論の出発点を作ること自体の難しさだった。事業会社ごとの事情や状況が大きく異なり、何を最初に決めればいいのかが見えない。膨大な数の管理事項の全てを細部まで突き詰めようとすると、現場担当者は早々に疲弊してしまう。そこで我々は重点課題を定義することから着手した。まずは網羅的にリスクを洗い出すため、各生産現場への視察を行った。生産、保管、出荷のプロセスや既存の取り組みを確認し、現場のメンバーへの細かなヒアリングを重ねながら起こりうるリスクや管理すべき項目を一覧化した。その後、リスクの重大度と発生確率という二軸で優先順位を整理することで、押さえるべきポイントは逃さずに、かつ効率的に管理を行うための指針を得た。「すべてを同列に並べない」「まずここを押さえる」という共通の判断軸を合意することで、ようやく議論のスタートラインが定まった。
設計フェーズに入ると、別の現実が見えてきた。グループ全体に一律の基準は適用できない。製造業態の事業会社もあれば、流通/販売のみの会社もある。事業規模もまちまちで、現場体制も異なる。私たちは基準書のフォーマット自体は統一しつつ、適用する管理項目の水準は事業形態ごとに設計する方針をとった。
例えば、図3のように業態や扱う商品の異なる拠点があるとする。拠点内で食品安全マネジメントシステムの体制構築や、従業員の衛生管理、製品の検査といった全拠点にわたって持つべき汎用的な管理項目は、統一された管理基準を設ける。一方で、加工委託を行っている拠点Aのみ委託先管理の項目を適用し、アレルゲンの扱いのある拠点Bにはより厳しい基準で交差汚染や包装、表示の管理を行うなど、拠点の実態に合った基準を設けた。各拠点にて、自らの特性に合った管理水準を判断、適用してもらうことで、「グループとして統一すべきこと」と「事業ごとに柔軟性を持たせるべきこと」のバランスを担保しながら現場が動ける形に落とし込んだ。
並行して進めていたのが、基準が実際に守られる仕組みづくりだ。立派な基準書を作っても、現場で運用されなければ意味がない。結局は、実際に基準を運用する「ヒト」がキーとなる。よって、各事業会社が基準書に基づいてセルフチェックを行い、その状況を本社が定期的にモニタリングする、その結果に応じて改善指導や教育、基準の見直しが行われる、というPDCAのサイクルを設計した。「基準書」「モニタリング」「教育」の3つが連動して動くため、グループ本社部門が常に目を光らせなくても品質水準が維持される——それが、このプロジェクトが目指した姿である。
しかし、各事業会社にグループとして「品質方針」「目標」「基準」を設けてモニタリングを行っていくことを伝えた際、過度な業務負荷の増加や必要以上に厳しい管理が行われることへの懸念や不安感が示された。事業会社のさらなる協力を取り付けるために力を入れたのが、現場に対する「動機づけ」である。そもそもなぜグループ全体で統一された品質保証体制の構築が必要なのか、という目的/意義の共有を行うだけでなく、現場にとってどのようなメリットがあるのかを説明した。生産拠点間でのナレッジ共有が可能になるほか、本社からの教育制度や支援が提供されるなど、品質保証体制の整備が本社のためだけに行われるわけではないという点を十分に伝えた。目的や効果を理解してもらうことで、「受動的に参加している」という感覚から「一緒に作り上げていく」というモチベーションへの転換を図った。
重点課題の定義、統一的かつ柔軟な管理基準書の作成、その基準書を中心とした品質保証のPDCAサイクルの定着――これらを通して、グループ全体で一貫しつつ各現場に即した食品安全/品質保証体制の構築を実現した。
再現可能な3つの設計原則
この事例から抽出できるのは、特定の業界や企業規模に縛られない、再現性のある設計の考え方だ。先ほど提示した3つの罠への答えとして、3つの原則を整理する。
原則①:リスクと実効性のバランスを軸に優先順位を設計する
両極端に振れる罠への答えは、優先順位の明示にある。すべてのリスクを均等に管理しようとすれば現場は回らない。重大度と発生確率に基づいた優先順位を組織として持ち、「やりすぎず/やらなすぎず」の判断軸を共有することが、実際に機能する体制の前提条件になる。
原則②:共通の「骨格」と事業ごとの「肉付け」を分けて設計する
一律適用の罠への答えは、統一と柔軟の切り分けにある。グループ全体に通底するガバナンスの骨格は揃えつつ、個々の事業形態/製品カテゴリーに応じた管理水準は別途設計する。「統一する部分」と「柔軟性を持たせる部分」を明確に分けることが、一律適用の非効率を避けながら全体品質を守る鍵になる。
原則③:「基準」「モニタリング」「教育」を三位一体で設計する
基準策定で満足する罠への答えは、初めから「定着まで」を設計に含めることにある。基準書の整備はゴールではなく、スタートラインだ。現場がセルフチェックできるモニタリングの仕組みと、定期的な改善サイクルを一体で設計することで、「守らせる体制」ではなく「自走できる体制」が生まれる。
おわりに
食品事業への参入を成功させるうえで、品質保証体制の構築は避けて通れない課題だ。しかし、目指すべきゴールは「完璧な基準書を作ること」ではない。
現場で実際に機能するガバナンスを設計すること。これこそが、参入企業が向き合うべき本質である。
非食品事業会社が食品事業を持つケースはこれからも増えていく。そのとき必要なのは、食品安全の専門知識だけではない。「リスク判断」「業態設計」「チェンジマネジメント」を一体で動かせることが肝要だ。
「どこから手をつければいいか」「自社には何が本当に必要か」——その問いに対しては、我々外部コンサルタントを頼ってほしい。
品質保証の設計原則を仕組みとして備えれば、食品事業は十分に挑戦に値する領域だ。技術的なハードルの低さ、既存事業との隣接性、消費者との日常的な接点——本稿の冒頭で触れた3つの参入要素は、安全と品質という土台が整ったときに初めて、ブランド価値の向上や事業の持続的な成長として実を結んでいく。これから食品事業に踏み出そうとする企業、そしてすでに踏み出した先で本格的に品質体系を整えようとする企業——その前向きな挑戦を、私たちはぜひ伴走者として後押ししていきたい。