SBTi ネットゼロ基準V2.0が問う企業の実行力

企業に求められる対応と論点

コンサルタント執筆記事

2026.08.19

2026年6月、温室効果ガス排出削減目標設定における国際的イニシアティブであるSBTi(Science Based Targets initiative)はネットゼロ基準(Corporate Net-Zero Standard)の第2版(V2.0)を公表した。2021年の初版公開以来、最大規模の見直しとなる今回の改訂で重視されるのは、目標を「立てること」ではなく「実行し、改善し続けること」である。
新検証モデルである「5年ごとの目標更新(Mandatory Five-Year Review:M5YR)」の導入により、企業は目標設定後も継続的なデータ管理や進捗報告が求められるようになった。旧基準での目標設定が可能な移行期間は2028年1月末までと定められており、準備期間は長くない。
本稿では、V2.0改訂の概要を整理した上で、企業が実務対応において直面する論点について見解を示す。

はじめに:SBTi「ネットゼロ基準」とは?

SBTiは企業が科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標(SBT)を設定するための基準、ツール、ガイダンスを策定する国際的なイニシアティブである。[1]法的な強制力を伴わない任意の枠組みでありながら、2026年8月7日現在で13,979社が参加している。[2]ネットゼロ基準は、参加企業がSBTを設定し到達するための要件、道筋を定めたガイドラインである。

ネットゼロ基準V2.0への改訂:「目標設定」から「継続的な改善」重視へ

SBTiは2025年3月にV2.0の改訂ドラフトを公開して意見を募集し、寄せられた意見を踏まえて2026年6月に確定版を公表した。[3]

本改訂の最大のポイントは、ガイドラインの重心が「目標設定」から「バリューチェーン外を含めた継続的な改善」へと移行した点にある。これに伴い企業は移行計画の策定やデータ管理体制の整備、バリューチェーン外での排出削減/炭素除去等の幅広い対応が求められる。移行期間である2028年1月31日までの限られた時間で「どの対応を」「どのように進めるべきか」を企業は検討しなければならない。

以下、企業実務への影響が大きい5つの見直し事項について、対応の方向性を定める【大論点】を示し、【現状の把握】と【意思決定】の観点から検討論点を整理する。

表1:V2.0における主な見直し事項と実務上検討すべき論点

① 新検証モデル(M5YR):一度きりの「目標設定」から「定点観測」へ

見直し事項のうち、実務への影響が最も大きいのがM5YRの導入である。
従来の目標設定時の検証を中心とした仕組みから、目標設定時と5年サイクル終了時の二段階評価へと変わる。

【大論点】
見直しにより目標サイクル全体を通じた継続的なデータ管理と進捗報告が必要となり、「自社のGHG排出量データの収集/分析プロセスが毎年の進捗報告と5年ごとの再評価に対応するために、どのような見直しが必要となるか」が検討すべき大論点となる。

【現状の把握】
まずは自社のデータ収集/分析プロセスの現在地と求められる水準とのギャップ把握が対応の第一歩となる。毎年の報告頻度に耐えうるか、必要なデータ粒度で収集できているかなど、自社のプロセスを評価する。

【意思決定】
ギャップが見つかった場合、体制の構築とツールの導入/改良のいずれを選ぶかではなく、両者をどの順序や配分で整備するかが実質的な論点となる。体制だけでは拠点数の増加とともに破綻するリスクが残り、ツールだけでは運用を担う体制がなければ十分に機能しない。

② 企業カテゴリー(A/B):カテゴリーAへの該当有無が対応難易度を決める

従来のネットゼロ基準では、通常ルートまたは中小企業向け認定ルート(SMEルート)のいずれかが適用されていた。V2.0では、企業規模や所在国などの判断基準に応じたカテゴリーA/Bという区分へ見直された。

表2:企業カテゴリーA/Bの判断基準
表3:(参考)SMEルートの判断基準

【大論点】
カテゴリーAに該当する場合はカテゴリーBと比べて厳格な追加要件が課されることになる。カテゴリーAに該当する(または今後該当しうる)企業にとって、「この厳格な要件にどう対応するべきか」の検討が大論点となる。

【現状の把握】
カテゴリーAになるか否かでこの先の対応難易度は大きく変わるため、カテゴリーAの判断基準に現時点で該当するか、将来的に該当する可能性はあるか、の確認が必要となる。

【意思決定】
該当するタイミングが見えた段階で、対応コストが事業ポートフォリオや収益率に与える影響と対応で得られる競争優位性(取引先や投資家等からの評価)を比較し、対応要否の判断を行う。
ただし、この比較は単純ではない。コストは金額換算しやすい一方、競争優位性は取引先や投資家の選定基準などの外部要因に左右され定量化しにくい。この非対称性を踏まえた上で、どこまでを許容できるコストとみなすかが、判断の分かれ目となる。

③ 排出削減目標:Scope3個別目標が実質的な必須課題に

排出削減目標の設定方法自体も見直しされた。従来認められていた「Scope1+2」または「Scope1+2+3」の組み合わせでの目標設定は認められず、Scope1、2、3それぞれを区分して設定する方法に変わる。さらにScope3については、原則としてScope3排出量の5%以上を占めるカテゴリーごとに目標設定が必要となる。

【大論点】
これによりScopeごとの削減アプローチの設計が必要となる。特にほぼ全てのカテゴリーA企業にとってScope3の目標設定は実質的に必須の対応となるため、「自社の努力だけでの削減が難しいScope3の個別目標達成をどう実現するか」が検討すべき大論点となる。

【現状の把握】
まず確認すべきは、自社のScope3排出量の内訳と自社の裁量が及ぶ範囲である。V2.0では、自社の裁量が及ばない活動を短期目標の対象範囲から除外可能なため、精査によって対応すべき範囲を明確化できる。

【意思決定】
V2.0からは自社主導の削減アプローチが基本となる。製品仕様や調達先の切り替え、素材の代替など、複数の手段について、事業特性やスケジュール的制約、費用対効果などを踏まえて、「どの手段を」「どう組み合わせるか」の判断がポイントとなる。例えば製品仕様の変更は、削減インパクトは一定程度期待できるが、開発期間やコストを要する。調達先の切り替えは比較的短期間で実行可能だが、品質や供給安定性を見極めた上での切り替え先の選定が必要となる。素材代替もコストと性能の両立が課題になりやすい。

④ 移行計画:策定、承認、開示の義務化

設定した目標をいかに実行に移すかという観点から移行計画の策定が義務付けられる。企業は目標達成に向けて、経営戦略と整合のとれた移行計画を策定し、取締役会など最高意思決定機関による正式な承認を受けなければならない。カテゴリーA企業はさらに目標認定後15カ月以内での開示が必要となる。

【大論点】
新要件のポイントとなるのが「最高意思決定機関による承認」と「15カ月以内の開示」である。一般的に取締役会などは年1~2回程度の開催頻度のため、目標認定から15カ月以内という短期間で、「完成度の高い移行計画をどう策定し、取締役会に間に合わせるか」の検討が早急に必要となる。

【現状の把握】
限られた時間の中で移行計画を策定するには、まず現行の環境計画がどの程度の解像度で経営戦略と整合しているかの確認が必要となる。理念レベルの整合にとどまっているのか、KPIや予算配分にまで落とし込まれているのかによって、必要な作業量は大きく変わる。

【意思決定】
整合の粒度が粗い場合、既存計画を土台に肉付けする必要がある。ただし、単純な肉付けでは対外的な訴求力を欠くリスクがあるため、自社が目指す訴求力の水準に応じて、どこまで具体化を深めるかを時間的制約も踏まえて見極める必要がある。

⑤ 継続的な排出責任(OER):義務化に向けた調達方針をどう考えるか

バリューチェーン外での排出削減や炭素除去などの活動への貢献を評価する「OER評価プログラム」が新たに導入された。本プログラムに認定されることで、取引先/投資家評価の向上などが期待できる。

【大論点】
カテゴリーA企業では2035年以降OERが義務化され、活用可能なクレジットは炭素除去クレジットに限定される。2035年時点は継続排出量の1%からのスタートだが、各社のネットゼロ目標(遅くとも2050年)に向けて段階的に100%まで引き上げられる。この義務化に向けて、「炭素除去クレジットをどう確保するか」を検討しなければならない。

【現状の把握】
まず確認すべきは、自社が将来的に必要とするクレジットの調達規模である。
植林/再生林、バイオ炭、DACCS(大気中のCO2の直接回収/貯留)など、国際的に認証された炭素除去クレジットの供給量は限られている。義務化の直前に多くの企業が一斉に調達に動けば、価格の高騰や必要量確保の困難化は避けられないため、まずは目標達成に向けて必要な調達規模を把握し、それを踏まえた調達方針の検討が重要となる。

【意思決定】
将来的な調達規模を踏まえ、「早期かつ段階な調達をするか」「市場動向を見極めながら調達するか」の調達方針の判断が必要となる。
早期調達は価格高騰や確保困難化リスクを避けられるが、より安価または高品質なクレジットが将来登場した際の機会損失リスクがある。多くの企業にとっては、必要量の一部を早期に確保し残りを市場動向に応じて積み増す段階的な調達が、現実的な選択肢となるのではないか。

ここまで主要な見直し事項の検討論点の一例を示したが、共通して問われるのは「体制/スケジュールの設計」である。論点をアクションに落とし込み、「いつ」「誰が」推進するかまで設計して初めて、実現可能な対応となる。

おわりに:自社固有の論点設計を

本稿ではSBTiのネットゼロ基準V2.0の概要と企業が検討すべき論点を整理した。特にカテゴリーA企業では複数の論点が並行して走るため、限られた時間やリソースをどう配分するかが問われる。

ここで示した論点はあくまで一例であり、実際には事業特性や投資家、取引先から求められる水準などで企業ごとに異なる。まずは自社の現状を客観的に見える化し、自社固有の論点として設計し直すことがV2.0対応の第一歩となる。

【出典】

[1]環境省(2026), “SBT(Science Based Targets)について”, https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/SBT_syousai_all_20260625.pdf(参照2026年7月10日)
[2] Science Based Targets initiative(2026), “TARGET DASHBOARD”, https://sciencebasedtargets.org/target-dashboard (参照2026年8月7日)
[3] Science Based Targets initiative(2026), “Corporate Net-Zero Standard Version 2.0”, https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/Corporate-Net-Zero-Standard-version-2.pdf?dm=1781191781&_gl=1*ighb0k*_gcl_au*MTI1OTQ3MTU2My4xNzgzOTI3Njkx*_ga*MTA4NTU4NTY0Mi4xNzgzOTI3Njkx*_ga_22VNHNTFT3*czE3ODM5Mjc2OTEkbzEkZzEkdDE3ODM5Mjc3NTYkajYwJGwwJGgxOTk5OTIxODE3(参照2026年7月10日)
[4]Science Based Targets initiative(2026), “Corporate Net-Zero Standard Version 1.3.1”, https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/Net-Zero-Standard.pdf?dm=1776156995(参照2026年8月4日)
[5]Science Based Targets initiative(2026), “SBTi Glossary Version1.5”, https://files.sciencebasedtargets.org/production/files/SBTi-Glossary.pdf?dm=1781165377(参照2026年8月4日)