サプライチェーンにおける人権尊重のこれから

守りの人権サプライチェーンから攻めの人権サプライチェーンへ

コンサルタント執筆記事

2026.04.20

「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとした国際的な枠組みや法規の制定、ステークホルダーからの情報開示要請の高まりなどを背景に、企業のサプライチェーン上の人権侵害リスクが重要課題と認識されてきており、企業ごとにさまざまな取り組みが行われている。本稿ではそれらの人権対応の取り組みを「守りの人権サプライチェーン」と「攻めの人権サプライチェーン」の2つに整理し、特に企業の新たな取り組みとして注目されている後者の「攻めの人権サプライチェーン」の取り組みについて解説する。

1. サプライチェーン上の人権問題に対する国際的動向と企業の意識変化

企業活動がグローバルに広がる中、サプライチェーン上に潜む人権侵害リスクが、経営上の重要な課題として認識されてきている。国際的な枠組みが制定され企業行動のソフトローとして機能し、近年は欧州を中心に人権デューデリジェンス(DD)を義務付けるハードロー化も進んでいる。このような潮流を背景に投資家、取引先、消費者、従業員などの企業のステークホルダーからの人権対応要請が高まり、企業の人権への取り組みが各ステークホルダーの行動判断材料となってきた。さらに、トレーサビリティやブロックチェーンの技術進展により、原材料の調達先や製造工程の透明性は飛躍的に高まっている。入手できる情報が増える中で、「知らなかった」「把握できなかった」という説明は通用しなくなった。

本稿で扱うサプライチェーン人権とは、原材料の調達から製造、物流、販売、エンドユーザーに至るまで、自社の事業活動に関わる取引先やその先の工程で生じ得る人権課題を指す。具体的には、強制労働や児童労働、安全でない労働環境、過度な長時間労働、不当な低賃金などがある。こうした人権侵害は、自社の管理が直接及ばない取引先や下請け、さらにその先の工程で発生することが多い。そのため、「自社では起きていない」「現地の慣行だった」と認識されがちである。しかし、グローバルなサプライチェーンが広がる中、最終製品を市場に出す企業が、その過程で生じた人権問題についても責任を問われるようになっている。

2. どの企業にも求められる「守りの人権サプライチェーン」構築

サプライチェーン人権への対応として企業がまず取り組むべきは、マイナスを0にする活動、つまり自社が含まれるサプライチェーン上の人権侵害を0にしたうえで、今後発生させないための仕組みを構築する「守りの人権サプライチェーン」構築の活動である。法規制や投資家からの要請に最低限応えるべきことで、これを達成していない企業は顧客からの取引停止や、企業ブランド価値毀損のリスクがある。もはや事業を継続するための前提条件となりつつある。

取引先工場での強制労働や児童労働が発覚し、輸入差し止めや取引停止の処分となり、世界中から社会的批判を受けた企業の事例は少なくない。自社が把握していなかったり直接関与していなかったりしても、サプライチェーン上の問題として責任を問われる。「守りの人権サプライチェーン」対応はこうしたリスクを未然に防ぐための備えである。

マイナスを0にする活動としては、人権方針の策定、人権DDの実施、苦情処理・救済システムの構築、サプライヤー管理、情報開示などが挙げられるが、これは大企業であれば多くが既に取り組み始めている。今後の「守りの人権サプライチェーン」構築の活動においては、いかに低コストで正確に取り組むかが今後の要となる。

近年では、AIやデータプラットフォームを活用し、企業のサプライチェーン上における人権リスクを効率的に特定・評価する取り組みが進んでいる。サプライヤーの労働環境やリスク情報などサプライチェーン上のデータを一元的に管理するプラットフォームを活用することで、個社での重複監査を削減し、効率的なリスク管理が可能となり、広範なサプライチェーンを低コストで継続的にモニタリングする手段として注目されている。

3. 次のステップとしての「攻めの人権サプライチェーン」構築

現在自社のサプライチェーン上で発生している人権侵害を止めること、人権侵害を発生させないことは、どの企業も取り組まなければならない最低限の活動であり、これを実施しても他の企業との差別化にはならない。

「守りの人権サプライチェーン」を土台としつつ、企業が次に考えるべきことは、0をプラスにする「攻めの人権サプライチェーン」の構築である。「攻めの人権サプライチェーン」とは、自社の調達力や取引関係を活用して人権遵守の構造を拡大・促進するためにサプライチェーン全体を再設計し、組織・社会構造により不利益を受けている人が権利や救済にアクセスできる環境を構築していく活動である。法規制対応や投資家からの要請への対応などの受動的な行動にとどまらず、世の中の人権問題を、企業活動を通じて解消するという能動的な取り組みだ。この活動によって社会からの信頼・企業ブランドの獲得につながり、エシカルな消費体験を求める顧客層へアプローチができるほか、人権リスクが自社コントロール下にある新規サプライヤーを獲得し調達の安定化を図ることもできる。

図1:「守りの人権サプライチェーン」と「攻めの人権サプライチェーン」の目的と取り組み例

攻めの人権サプライチェーン構築の手段として、直接的アプローチと間接的アプローチ、そして企業単独またはエコシステムでの取り組みという選択肢がある。(図2)

直接的アプローチは、人権リスクの高い地域・サプライヤーの課題を解決するため、自社の商取引力・購買力を生かし、あえて自社サプライチェーンに適切な取引条件で組み込み人権を守る仕組みを構築する方法である。間接的アプローチは、自社のリソースを生かした能力開発、制度・ルール整備などを通して人権問題改善の環境を整える方法である。

企業単独で取り組むか、エコシステムで取り組むかは、副次的効果が異なる。単独での活動は失敗した際の損害のリスクが高くなるが、成功したときにリーディングカンパニーとしての地位を獲得でき、独自性・競争優位性をつくることができる。一方エコシステムでの活動は業界横断での連携が多いため、競争力の獲得とはならないが、同業他社とコストを分担して新しい取り組みやルール制定を実施でき、各社のリスクを低減しつつスケールの大きい活動が可能となり業界水準を引き上げることができるといったメリットがある。

図2:「攻めの人権サプライチェーン」構築アプローチ

各パターンの具体的な取り組みについて見ていきたい。

企業単独の直接的アプローチで人権サプライチェーンを構築する「エシカル消費リーダー企業」の事例として、オランダ発のチョコレートブランド「Tony’s Chocolonely(トニーズ・チョコロンリー)のカカオ調達の取り組みがある。同社は「カカオ産業におけるあらゆる搾取をなくす」ことを企業のミッションに掲げ、児童労働や強制労働のリスクが高い地域からあえてカカオを調達している。また、農家の貧困が児童労働の発生要因となっている構造を捉え、オランダの非営利団体True Price Foundation(*1)と連携してカカオの「真のコスト(True Price)」を算定し、農家が生活基準を満たす所得を得られる価格でカカオを購入する仕組みを構築している。この取り組みは、企業が自社の価格設定・購買力を通じて直接的にサプライヤーとなる農家の労働環境や所得構造に働きかけ、人権問題発生要因を排除しようとする点に特長がある。

企業単独の間接的アプローチで人権サプライチェーンを構築する「エシカル経営リーダー企業」の事例として、ネスレの「Income Accelerator Program(収入向上プログラム)の取り組みがある。これは農家の収入安定化と生活環境の改善を目的としたプログラムで、カカオの品質改善や農業技術に関する研修を提供し、生産性向上を通じて農家の収入安定化を図っている。また、児童労働監視改善システム(CLMRS)を用いてリスクの特定と是正を行うとともに、子どもが教育にアクセスできる環境づくりを支援している。この取り組みは、企業が自らのナレッジと調達構造を通じてサプライヤー農家の生活基盤を改善し、結果として児童労働の発生要因を減らすことを目指しているのが特長だ。

エコシステムでの間接的アプローチ「エシカル市場形成アライアンス」の事例として、国際的アライアンス「Living Income Community of Practice」(*2)の取り組みがある。これは企業・NGO・国際機関が連携し、農家が生活水準を満たすための「リビングインカム」の算定方法や導入手法を標準化するイニシアチブである。複数企業が共通の指標に基づいて価格や調達方針を見直すことで、従来の市場構造を変革し、農家の低所得という人権問題の根本要因へ対応している。このように、企業・団体が連携して市場の前提条件を再定義することで、人権課題の構造的解決を目指す点に特長がある。

エコシステムでの直接的アプローチ「エシカル変革アライアンス」の取り組みとしては、「エシカル消費リーダー」で挙げたTony’s Chocolonelyを中心とした調達イニシアチブ「Tony’s Open Chain」が挙げられる。Tony’s Open Chainは、Tony’s Chocolonelyが構築した人権搾取のないカカオ調達モデルを他企業にも無償で開放し、複数企業が共通の調達基準に基づいてカカオを購入する仕組みである。参加企業は、完全なトレーサビリティの確保や農家への生活所得水準の価格支払い、長期契約などの原則に沿って調達を行う。企業単独ではなく企業群として購買力を高め、児童労働や低所得が問題となりやすいカカオ生産農家を人権サプライチェーンに組み込むことを目指している。

4. リスク管理から価値創出へ

守りの人権サプライチェーンの構築は、企業が事業を継続するための前提条件となりつつあるため、政府などのガイダンスに基づき対応を急ぐ必要がある。この守りの人権サプライチェーンの土台の上に攻めの人権サプライチェーンを構築することは、人権を守る構造を広げ、社会課題の解決につながると同時に、サプライチェーンの安定化やブランド価値の向上にもつながる。責任あるサプライチェーンの構築が求められる中、企業が単なるリスク管理にとどまらず、人権を軸としたサプライチェーンの再設計に取り組むことで、持続可能な市場形成だけでなく、企業競争力の強化につながるのである。

注釈

(*1)オランダに拠点を置く非営利団体。製品に内在する環境・社会コストを金額換算して価格に反映させた「真の価格(True Price)」 の計算手法を開発し、企業の持続可能な価格設定や意思決定を支援している。
(*2)ISEAL Alliance、ドイツ国際協力公社(GIZ)、Sustainable Food Labの3つの組織が中心となって設立された国際的なアライアンス

【関連情報】

「責任ある人権サプライチェーン」構築支援サービス
https://www.fortience.com/solutions/scm/responsible-supply-chain/

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