AI時代のIT部門再設計【前編】

ユーザー部門EXの構造的ギャップとは

コンサルタント執筆記事

2026.07.01

企業の意思決定の進め方が変わり始めている。AIの進展により、営業やマーケティングなどの現場では、施策を計画として確定してから実行するのではなく、仮説を試しながら結果を学習し、判断を更新していく運用が広がりつつある。この変化は、意思決定のタイミングやスピードだけでなく、ユーザー部門の従業員体験(EX:Employee Experience)を形づくる業務の進め方や意思決定のあり方にも影響を与え始めている。
一方で、多くのIT部門のEXは依然として「要件確定→実装」という直列型構造を前提に設計されており、ユーザー部門の意思決定リズムと噛み合わず、DX推進を難しくする要因の一つとなる。
では、この構造的なギャップを、IT部門はどのように乗り越えるべきなのか。
AI時代においてIT部門は、「作る組織」から「意思決定を支える組織」へと役割を転換していく必要がある。
問われているのはスキルの追加ではない。AI時代にふさわしいIT部門EXをどのように再設計し続けるのか。その意思決定責任を担うのは最高情報責任者(CIO)である。
本連載では2回にわたり、この構造的なギャップを「IT部門EXの設計」という視点から整理する。第1回では、ユーザー部門の業務や意思決定の変化と、それに対してIT部門に求められる役割の変化について考える。

※本記事は、ZDNET「AI時代のIT部門再設計--ユーザー部門EXの構造的ギャップとは(前編)」(2026年4月9日)の内容を転載しています。

1. AIが変え始めたユーザー部門の意思決定構造

AIの進展は、単なる業務効率化を超え、企業における意思決定や業務実行の構造そのものに変化をもたらし始めている。近年特に注目されているのが、複数のタスクを自律的に計画・実行する「Agentic AI(エージェント型AI)」である。AIは分析や提案を支援するツールから、業務の判断や実行の一部を担う存在へと進化しつつある。

こうした変化は、すでに企業活動の中で現れ始めている。AIの進展は、単なる業務効率化を超え、企業における意思決定や業務実行の構造そのものに変化をもたらし始めている。近年特に注目されているのが、複数のタスクを自律的に計画・実行する「Agentic AI(エージェント型AI)」である。AIは分析や提案を支援するツールから、業務の判断や実行の一部を担う存在へと進化しつつある。

このような技術の発展により、企業活動の中でも、AIを意思決定や業務プロセスに組み込む動きが広がり始めている。一方で、AI活用の成熟度は企業間で大きく分かれている。米Forrester Researchは、損益計算書(PL)に直接的な成果を生むレベルでAIを活用できている企業は、依然として全体の3分の1以下にとどまると指摘している。多くの企業が概念実証(PoC)段階にとどまる一方で、先行企業ではAIによる分析や仮説生成などを意思決定プロセスへ組み込み、業務の進め方そのものを変え始めている。

特に、営業、マーケティング、商品企画、製造などの領域では、AIを用いて仮説を生成し、複数の施策を短い周期で試しながら結果を確認し、次の判断へ反映するような運用が実践されている。

このような環境では、施策の結果を踏まえて判断を更新するサイクルが従来よりも短くなる。かつて週次・月次で回っていたPDCAが、より短い単位で循環するようになりつつある。これは単なる速度向上ではなく、意思決定の進め方そのものの変化といえる。

従来の事業現場では、市場や顧客情報を収集し、施策や商品企画の要件を練り上げ、計画を確定させてから実行に移すという直線的な流れが一般的だった。しかしAI時代のユーザー部門では、仮説の段階で動き出し、試し、その結果を踏まえて判断を更新する進め方が広がりつつある。つまり、完成度を高めてから進むのではなく、小さく試しながら学習を重ねることで前進する構造へと移行し始めているのである。リスクもまた、事前に排除すべきものではなく、進みながら管理していく対象として扱われる場面が増えている。

このような意思決定構造の変化は、ユーザー部門における業務体験(EX)のあり方にも影響を与え始めている。本稿でいうEXとは、単なる働きやすさを意味するものではない。業務の進め方や意思決定の主体、リスクの扱い方など、従業員が仕事を進める際の行動様式や判断環境まで含めた「業務体験」を指す。

つまりEXとは、従業員がどのような前提で判断し、どのように業務を進めていくのかという仕事の進め方そのものを形づくる概念である。

2. 旧来型IT部門EXが生むユーザー部門との構造的ギャップ

ユーザー部門のEXがこのように変化する中で、現場では次のようなズレが生まれ始めている。ユーザー部門は「まず試してみたい」と考える一方で、IT部門は「先に要件を固めたい」と考える。この違いは単なるスピードの問題ではない。相談のしやすさや挑戦のしやすさといった、現場の心理的距離にも影響を与える。ユーザー部門の意思決定構造が転換しつつある一方で、それと整合した前提に立てているIT部門は多くはない。多くの企業では、IT部門の働き方や責任範囲の設計、開発・運用スタイル、さらには人事評価の基準に至るまで、旧来型の合理性が組織の前提として残っている。

例えば、多くのIT組織では次のような設計が標準的である。

  • 要件を確定させてから設計する
  • 計画順守と完成度を重視する
  • リスクは事前に排除すべきものと捉える
  • 失敗は減点対象となる

これらの設計は、大規模基幹システムを安定的に支えてきた歴史的合理性であり、その価値は否定されるものではない。安定運用が求められる既存システムや基幹領域においては、依然として有効な原則である。

一方で、仮説検証型を前提とした業務変革や新規サービスの探索領域では、同じ設計が必ずしも適合するとは限らない。要件を事前に完全に確定させることが難しい状況では、従来の前提そのものが意思決定のスピードや試行の柔軟性を制約する場合があるからだ。

ユーザー部門が小さな試行と学習の積み重ねを価値とみなす一方で、IT部門が完成度と逸脱防止を優先すれば、両者の仕事のリズムは自然とずれていく。その結果、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は技術の問題ではなく、意思決定構造の分断によって停滞する。

このズレは現場では「動きが遅い」「統制が強すぎる」といった不満として表面化する。しかし本質は感情の問題ではない。働き方、責任範囲、開発運用の進め方、評価制度までを含めたIT部門EXの構造が、AI時代のユーザー部門EXと整合していないことにある。問題は、IT部門が努力していないことではない。働き方、責任の置き方、評価の基準といった「行動を決める設計」が変わっていないことである。

ユーザー部門のEXが変わった以上、IT部門EXもまた再設計されなければならない。そうでなければ、この構造的ギャップは解消されない。

3. 構造的ギャップを埋めるIT部門EXの再設計

ユーザー部門の意思決定構造が転換し、IT部門との構造的ギャップが顕在化すると、多くの企業は「アジャイル導入」「内製化強化」「DX人材育成」といった取り組みに活路を見いだそうとする。これらはいずれも有効な手段となり得るが、それだけでは組織の行動は定着しない。

完成度の評価や計画順守の重視、逸脱が例外扱いされ失敗が減点となる環境では、実装者は「要件通りに確実に作る」行動を選ぶのが合理的となる。アジャイルやAIツールを取り入れても、評価基準や責任構造が変化しない限り、組織は最終的に従来型の体制へ戻っていく。

組織は理念だけでは変わらない。行動を決めるのは、責任の置き方、リスクの扱い方、評価の基準といった「設計」である。ここで問われるのが、IT部門EXの再設計である。どのような判断が許容され、どのような試行が評価され、どのリスクが引き受けられるのか。EXとは、日々の行動を方向づける設計の結果にほかならない。

AI時代のユーザー部門EXと整合するIT部門EXは、設計を次のように引き直すことで形づくられる。

  • 要件を固定してから設計するのではなく、仮説を更新し続けることを前提に設計する
  • 完成度を最優先するのではなく、判断を更新し続ける速度を価値とする
  • リスクを事前に排除するのではなく、段階的に管理しながら前進する
  • 失敗を減点対象とするのではなく、学習の一部として扱う

これは、「作る組織」から「判断を支える組織」への転換である。

従来の責任が「要件通りに作ること」だったとすれば、これからの責任は「仮説検証を止めない構造を設計し、維持すること」にある。この転換は役割の追加ではない。IT部門の行動を決める設計思想そのものの見直しである。

そして、この再設計は一度の改革で完結するものではない。AIの進展とともに業務や意思決定の前提が変化し続ける限り、IT部門EXもまた継続的に見直され続ける必要がある。

だからこそ、IT部門EXを継続的に再設計していく責任は、CIO自身に委ねられる。

おわりに

第1回では、AIがもたらした意思決定や業務実行の構造変化をひもとき、IT部門EXの再設計の必要性を述べてきた。

続く第2回では、この変革を実現するために不可欠となる「設計要素」に焦点を当て、IT部門EXをどのように具体的に再設計していくべきかを整理する。

参考文献

[1] Forrester Research(2025), Predictions 2026: AI Moves From Hype To Hard-Hat Work, https://www.forrester.com/blogs/predictions-2026-ai-moves-from-hype-to-hard-hat-work/(参照2026年3月17日)