企業におけるQ-Day対策の見通し

量子コンピューターの脅威に備えて

コンサルタント執筆記事

2026.08.17

近年、量子コンピューターの研究開発が急速に進展しており、医療、金融、製造業など幅広い分野での応用が期待されている。一方で、データやシステムの暗号技術においては安全性が揺らぎつつある。
なぜならば、これまで現実的な時間内では解読困難とされてきた暗号が、量子コンピューターの発展により解読できる可能性があるからだ。攻撃者に量子コンピューター技術が悪用された場合、例えば暗号化された顧客情報等の機密情報が漏えいし、企業の信用失墜につながる恐れがある。
そのため、暗号が解読可能になる日、すなわち「Q-Day」を見据え、企業は今から対策を講じる必要がある。
本稿では、「Q-Day」の概要を説明するとともに、対策に向けた課題およびそれらを解決するための具体的な対応策について整理、解説する。

1. Q-Dayは「いつか来る脅威」ではない

1.1. Q-Dayとは

量子コンピューターの進展は、情報システムの安全性を支える「暗号」に対し、構造的な再検討を迫っている。特に公開鍵暗号基盤である。鍵暗号基盤は、国際的な標準暗号方式として挙げられている公開鍵暗号プロトコルが使用され、素因数分解問題や楕円曲線上の離散対数問題の“数学的困難性”を根拠とし安全性が担保されている。つまり、公開鍵暗号方式で生成される鍵(公開鍵、秘密鍵)のうち、公開鍵を用いた暗号化はどのエンティティでも可能であり、秘密鍵を持っているエンティティの復号のみ簡単に行うことを可能とする一方で、秘密鍵を持っていないエンティティは、現実的な時間で復号は行えないという理論の上に安全性が成立している。(共通鍵暗号方式や量子暗号方式、ハッシュに関しては別の理論に基づき安全性が担保されている。これらも、再検討の対象である。)

いわゆる「Q-Day」とは、「暗号解読を可能とする規模と品質を備えた量子コンピューター(Cryptanalytically Relevant Quantum Computer、以下『CRQC』)」が実現し、現在広く利用されている一部の公開鍵暗号を現実的な時間で破れるようになる“転換点”を指す概念である。アメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology、以下「NIST」)等は、CRQCが現在の公開鍵暗号基盤を破る潜在能力を持つと説明しており、既存のアルゴリズムに依存する製品、プロトコル、サービスは、耐量子計算機暗号(Post-Quantum Cryptography、以下「PQC」)への更新、置換、または大幅な変更が必要になると指摘している。

図 1:暗号の分類と「Q-Day」で議論される暗号の種類(筆者作成)

1.2. 「HNDL攻撃」の存在

「Q-Day」を“ある日突然、世界中の暗号が一斉に破られる日”と理解するのは正確ではない。なぜならばCRQCの計算能力の向上は“段階的”だからである。それよりも重視すべき脅威は、「Harvest Now, Decrypt Later(HNDL)」と呼ばれる攻撃だ。これは、攻撃者が現在の暗号通信や暗号化データを収集、保存しておき、将来、CRQCや新たな解読能力が利用可能になった段階で復号を試みるという考え方である。企業が長期にわたり保護すべき重要なデータは、すでに攻撃者の収集対象となり得るため早期に対策が必要だ。現在は解読できなくとも、将来復号された時点で価値を持つ情報であれば、攻撃者にとって収集する動機となる。

1.3. 広範囲にまたがる影響

「Q-Day」の影響は、主に公開鍵暗号プロトコルを使用している範囲全般に波及し、影響範囲はITの深部にまで及ぶ。特にデジタル証明書と認証局は、通信相手が真正であることを示す基盤であり、そこが破られると通信の信頼性が損なわれ成立しなくなる。したがって、「Q-Day」を“いつか来る脅威”として楽観視はできず、少なくとも長期的に機密事項を保持する必要がある企業にとっては、すでにリスク管理の対象に入れるのが妥当だろう。むしろ、影響範囲が広く、PQCへの移行に長期間を要し、外部ベンダーや業界標準に依存するからこそ、早期に影響範囲を棚卸し、優先順位を付け、対策に向けたロードマップを作成する必要がある。

2. 対策の方向性は示されているが、一筋縄ではいかない

2.1. 海外(アメリカ)の動向

NISTは、2016年からPQCの標準化プロセスを進め、2025年7月時点で5つのアルゴリズムを承認し、うち3つのアルゴリズムの規格化が完了している。[1]これらは、将来のCRQCによる攻撃に耐えることを目的とした鍵の確立およびデジタル署名方式(公開鍵暗号方式を応用したもので、データの送信者を証明し、データの改ざんが行われていないことを確認する仕組み)を規定するものである。 また、緊急性の高いサイバーセキュリティ問題に取り組んでいる米国立サイバーセキュリティ・センター・オブ・エクセレンス(National Cybersecurity Center of Excellence:NCCoE)は、産業界や規制部門、米国連邦政府と連携し、耐量子アルゴリズムへの移行に伴う問題意識を高め、「Q-Day」へのスムーズな移行に備えている。

2.2. 国内の動向

国内においても、「Q-Day」対策の方向性は徐々に整理されている。電子政府推奨暗号の安全性を評価・監視し、暗号技術の適切な実装法・運用法を調査・検討するプロジェクト「CRYPTREC」は「暗号技術ガイドライン(耐量子計算機暗号)」の2024年度版を公表しており、PQCを独立したガイドラインの対象として扱っている。[2] また、CRYPTRECの2024年度報告では、PQCに関するガイドライン作成のため、「耐量子計算機暗号ワーキンググループ」を設置し、公開鍵暗号の安全性を担保している“素因数分解や楕円曲線上の離散対数計算の困難性”の評価、CRQCが共通鍵暗号に及ぼす影響の調査・評価を行うことが活動目的として示されている。さらに、日本国内でPQCを使えるように研究を進め、米国の標準化を待つだけでなく、自国の技術で安全性を判断できるようになることの重要性にも言及している。

2.3. Q-Day対策の課題

「Q-Day」対策に向けた活動が動き始めている一方で、実現に向けた課題は少なくない。

第一の課題:Q-Dayの時期が不明確
CRQCがいつ実現するかについては、専門家の間でも幅がある。

第二の課題:影響が広範囲
暗号は、ITやシステム、インターネットの至るところに埋め込まれている。暗号利用の所在を把握しなければ、移行計画は作れない。

第三の課題:外部依存が不可避
企業は、自社開発システムだけでなく、クラウドサービス、SaaS、ネットワーク機器、セキュリティ製品などを利用している。PQC対応は、自社の意思だけでは完結しない。

第四の課題:人材と知識の不足
企業内でPQC対応の旗を振れる人材が限られており、暗号の専門性、システムアーキテクチャー、リスク管理、調達管理、プロジェクトマネジメントを横断できる人材は少ない。結果として、標準やガイドラインが存在しても、それを自社の意思決定に翻訳する機能が不足しやすい。

このように見ると、「Q-Day」対策の難しさは技術的な不確実性だけではなく、むしろ経営管理上の不確実性、情報資産の不可視性、ベンダー依存、調達契約の硬直性、社内人材の不足、事業部門との認識ギャップが重なり合う点にある。PQCは暗号の話でありながら、実際は企業全体を取り巻くリスク管理の話であり、一筋縄の対策とはいかない。

そのうえでまず企業に求められることは、「Q-Day」のリミットを確定的な前提とはしないこと、発生した場合の影響が大きい部分をピックアップすること、移行にあたり莫大なコストがかかる低頻度かつ高影響リスクとして取り扱い、対策を検討することである。

3. 大企業は「Q-Day」対策を、どう進めるべきか

3.1. 事業継続性の観点から「Q-Day」対策を検討

先述の通り、「Q-Day」対策は、内外の状況、ビジネスに与えるリスクを把握しつつ、そのリスクをコントロールしながら継続的に取り組むべき課題である。Q-Day対策のうち、重要業務への影響評価や対策優先順位の決定、継続的な計画見直しについては、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の考え方を応用できる。

従来、BCPは自然災害を対象とした防災計画という側面が強かったが、近年では、サイバー攻撃に伴うシステム障害やハッキング被害といった事象(ハザード)の対策も包含した「オールハザード型BCP」が求められている。[3]「Q-Day」によって想定される被害事象は、サイバー攻撃等さまざまな要因による事象と共通性があり、ビジネスに対するリスクのインパクト整理や、対策の優先順位整理も統合して扱うことができる。

また、BCPを有効な状態で維持するための本質は、持続的なBCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)にあり、「Q-Day」対策が単年度の施策にとどまらず、情勢を見極めながら今後数カ年以上にわたって取り組まねばならない課題であることも、BCPの枠組みに沿って扱うべき根拠の一つと言える。

3.2. 「Q-Day」対策の推進体制

「Q-Day」対策を効果的に進めるためには、情報システム部門、セキュリティ部門などの個別部門に一任するのではなく、経営による意思決定の仕組みを伴った、社内横断の推進体制の整備が必要である。

ISMS(Information Security Management System:情報セキュリティマネジメントシステム)やBCPでは、一般に経営層が最終責任者となり、各部門の代表者で構成される意思決定機関、各部門の実務/運用の担当者から構成される。必要な情報を集約し、事業に与える影響を極小化するための迅速な判断、対応が取れるように、全社横断的な統制が取れる体制が求められるためである。

「Q-Day」対策も同様に、情報資産、ひいては事業に与えるリスクを極小化するための対策の優先順位を決定するにあたり、技術、経営、調達など多岐にわたる観点を踏まえる必要がある。そのため、経営層や各部門代表者で構成される意思決定機関が強力なリーダーシップをとる全社的なマネジメント体制での推進が重要だ。

以上のような推進体制を構築、活用することで、「Q-Day」対策をその場限りで終わらせず、全社的なマネジメントを継続することができる。

3.3. 段階的な取り組みの手法

前述の通り、「Q-Day」対策は技術的な不確実性だけではなく、むしろ経営管理上の不確実性、情報資産の不可視性、ベンダー依存、調達契約の硬直性、社内人材の不足、事業部門との認識ギャップといった膨大な影響範囲に対し、すぐに最適解を見つけることは難しい。

そのため、まずは影響範囲を把握し、優先順位づけを行うことで段階的な対策の実施が現実解となる。また、必要な情報を常にアップデートし、都度「Q-Day」対策の計画を更新していく必要がある。

ここで具体例を交えて、段階的な対策の例を見ていく。

第一段階:「Q-Day」で脅威にさらされる暗号の所在を把握
企業はまず、自社で開発または利用しているサービスのうちどこに暗号が用いられているかを把握する必要がある。
暗号の把握をしなければ、影響箇所の特定および影響の大きさを予測することができない。

暗号の棚卸しの例として、クリプト・インベントリが挙げられる。
クリプト・インベントリとは、暗号の使用状況の管理を目的とした、組織内でどこに何の暗号技術が使用されているかを一覧化したものである。

図 2:クリプト・インベントリでリスト化する情報の例(筆者作成)

このように暗号の使用状況と意思決定に必要な情報が一覧化されていれば、「Q-Day」による影響箇所、内容、大きさの特定が可能となる。

第二段階:対策の優先順位付けと実行計画
クリプト・インベントリにより特定された暗号を、「Q-Day」到来までにすべてをPQCに置き換えるのは現実的ではない。
企業がとるべき次の打ち手は、「どの暗号を優先的に対策すべきか」をリスクに基づいて検討することである。

優先的に評価すべき対象として、長期にわたり機密性を維持する必要がある情報や、認証/電子署名に依存する重要システムが挙げられる。また、サイバー攻撃の被害において、機密情報漏えいは、直接的な対応費用に加え、損害賠償や法令違反による罰金などの費用、さらには事業停止による利益損害や信用低下といった複合的な影響を受け、被害が膨大な額になりやすい。[4]

暗号で守られている情報を抽出のうえ、リスク対策の優先順位付けを行う際には、経営層の意思決定を伴うため、金額ベースでリスクを評価することが有効な手段の一つである。損失額を定量的に評価することで、リスクの対策優先順位付けの根拠が明確化しやすい。

その一例として、サイバーリスク1回当たりの損失額と1年間の発生確率を掛けて算出する年間予想損失額(ALE:Annual Loss Exposure)というセキュリティ対策の投資判断に用いられている指標が挙げられる。

優先順位付けの結果を踏まえ、対象ごとの対策方法を定め、リソースや予算、ベンダー等の外部依存度合いを踏まえた計画を策定し、段階的な対策を実施していくことが望ましい。

第三段階:継続的なマネジメント
「Q-Day」対策は、特定の期間で完了するのではなく、継続的なマネジメントが必要である。
以下のような前提条件の変化が考えられるためである。

  • 「Q-Day」のリミットの変化
  • ベンダーや外部サービスの対応状況
  • PQCなどの解決策と言われているアルゴリズムの更新

これらの変動要因を意識し、初期に策定した計画についても、定期的な見直しが重要である。
また、自社のセキュリティ計画との整合性を保つ必要があり、「Q-Day」対策計画の変更タイミングで、セキュリティ計画への追加対応も考慮することが望ましい。

以上より、「Q-Day」対策においては、初期計画に固執することなく、外部環境や技術動向を継続的に取り込み、スピード感のある意思決定と柔軟な計画変更が求められる。これにより、さまざまな不確実性が絡む「Q-Day」を長期的な経営リスクとして管理し、継続的に有効な対策を講じていくことができるだろう。

4. おわりに

「Q-Day」がいつ到来するかを正確に予測することは困難である。しかし、その不確実性は、対策を先送りする理由にはならない。長期にわたり保護すべき情報は、すでに攻撃者の収集対象となり得る。また、暗号はシステムやサービスの広範囲に組み込まれており、PQCへの移行には外部ベンダーとの調整やシステム改修、予算確保を含む長い準備期間が必要となる。

企業に求められるのは、すべての暗号を直ちに置き換えることではない。まずはクリプト・インベントリを整備し、どこで、どの暗号が、どの情報や事業を支えているかを把握する。そのうえで、情報の重要度、想定される事業影響、移行難易度、外部依存度などを踏まえて優先順位を定め、実行可能なロードマップへ落とし込む必要がある。

さらに、「Q-Day」対策は一度計画を策定すれば完了するものではない。量子コンピューターの開発状況、標準化、PQCアルゴリズム、製品やサービスの対応状況は今後も変化する。そのため、経営層を含む全社横断的な体制のもとで、計画とリスク評価を継続的に見直すことが重要である。

「Q-Day」対策の第一歩は、将来の技術を予測し切ることではなく、自社の暗号利用と事業リスクを可視化することである。不確実だからこそ、早期に把握し、優先順位を付け、柔軟に見直せる状態をつくる。それが、量子コンピューター時代に向けて企業が備えるべき現実的な姿勢である。

【出典】

[1]NIST(National Institute of Standards and Technology)(2025), “NIST Selects HQC as Fifth Algorithm for Post-Quantum Encryption”, https://www.nist.gov/news-events/news/2025/03/nist-selects-hqc-fifth-algorithm-post-quantum-encryption(参照2026年6月1日)
[2]CRYPTREC 暗号技術調査ワーキンググループ(耐量子計算機暗号)(2025), “CRYPTREC 暗号技術ガイドライン(耐量子計算機暗号)2024年度版”, https://www.cryptrec.go.jp/report/cryptrec-gl-2007-2024.pdf(参照2026年6月1日)
[3]一般社団法人日本経済団体連合会(2021), “非常事態に対してレジリエントな経済社会の構築に向けて”, https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/016.html(参照2026年6月8日)
[4]一般社団法人日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会(2018), “取締役会で議論するためのサイバーリスクの数値化モデル”, https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sangyo_cyber/wg_keiei/pdf/003_04_00.pdf参照2026年6月1日)

【関連情報】

セキュリティマネジメント(CISOサポート): https://www.fortience.com/solutions/security-management/
通信・メディア:https://www.fortience.com/solutions/telecommunication-media/

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