SuperAI 2026 視察報告【第1回】

AI活用の競争軸はどこへ向かうのか

コンサルタント執筆記事

2026.07.08

2026年6月10〜11日、シンガポールのマリーナベイ・サンズでアジア最大級のAIカンファレンス「SuperAI」が開催された。米国、中国、欧州のAIリーダーが同じ舞台に立つ稀有なこの場で、繰り返し示されたのは1つの転換である。AIの競争軸は「どのモデルやツールを選ぶか(作れるか)」から「業務にどう組み込み、安全に任せるか(任せられるか)」へ移った。モデルがコモディティ化する中、勝敗を分けるのは技術選定ではなく、ビジネスモデルの再定義、組織変革、ガバナンス基盤の成熟度である。本連載は全4回にわたり、現地に参加した筆者の視点から、この競争軸の移動を6つのテーマで読み解く。第1回はイベントの全体像と核心の論点を示す。

SuperAIとは——米中欧が同じ舞台に立つ「中立地帯」

SuperAIは、世界各地のAI企業、研究機関、スタートアップが一堂に会するカンファレンスである。最先端ラボによるモデル/技術戦略の発表、新製品の公開、業界エキスパートによる活用事例、スタートアップとの商談やネットワーキングの場が展開される。第3回となる2026年は6月10~11日に、シンガポールのマリーナベイ・サンズ(サンズ・エキスポ&コンベンションセンター)で開かれた。

本イベントの特徴は、特定の国家やエコシステムに偏らない「中立地帯」という点にある。登壇企業を見ると、英Google DeepMindや仏Mistral AIといった欧米勢と並び、Alibaba Cloud、Tencent Cloudなど中国のモデル/クラウド勢が同じ舞台に立った。「The Global Frontier of AI Models」と題されたパネルが象徴するように、米中欧それぞれの開発思想を横並びで観察できる。扱うテーマも、基盤モデルからロボティクス、エンタープライズ実装、AIの社会的インパクトまで広く、現在のAI産業の論点をほぼ一望できる構成であった。

本連載の見取り図——6つのテーマと4回の構成

本連載は、SuperAI 2026の議論を「AI活用の競争軸の変化」という切り口で整理する。取り上げるのは次の6テーマである。

① AI Infrastructure(モデルと推論、データ基盤)
② Agentic AI(自律エージェントの実装)
③ Physical AI(物理世界への接地)
④ Enterprise AI(AI-Native化する組織)
⑤ Industry Use Cases(各業界のユースケース)
⑥ Governance & Security(ガバナンスとセキュリティ)

各テーマは、筆者が事前に抱いた仮説と現地で得た示唆を対置させながら考察する。連載は全4回で構成する。

第1回はイベントの全体像と核心の論点、第2回は①AI Infrastructureと②Agentic AI、第3回は③Physical AIと④Enterprise AI、第4回は⑤Industry Use Casesと⑥Governance & Securityを扱う。

核心の論点——「作れるか」から「任せられるか」へ

視察を通じて一貫して浮かんだのは、競争の主戦場の移動である。すなわち「どのモデルやツールを選ぶか(作れるか)」から「業務にどう組み込み、安全に任せるか(任せられるか)」への移動だ。モデルがコモディティ化するなか、勝敗を分けるのは技術選定そのものではない。決め手は、ビジネスモデルの再定義、自律型の少数精鋭チームへの組織変革、そしてデータ、権限、監査を一体で設計するガバナンス基盤の成熟度へと移っていた。

この変化は6テーマすべてに通底する。Agentic AIは既に概念実証(PoC)ではなく、本番業務の実行主体として語られ、真の難所は自律性の高さではなく運用設計にあると語られた。Physical AIは判断や動作が現実の人、設備、空間に影響を及ぼすため、技術的性能だけでなく、責任分界や保守体制の設計などの必要性がより強く語られた。金融など規制業界では、AIの知能と監査可能なコアインフラの融合、リスクの階層化、そして重要な判断に人間が介在するHuman-in-the-loopが要点とされた。各テーマの詳細は第2回以降で論じる。

イベントの様子——3つのステージと熱量の高い展示フロア

本イベントには主に3つのステージがあり、2日間にわたって各セッションが並行して進んだ。

1つ目はメインステージの「Plaud Main Stage」である。グローバル企業のリーダー、著名研究者、政策担当者が登壇し、最先端のフロンティアモデルやロボティクス、各国のAIに対するスタンスや規制に関するマクロな議論が展開された。

2つ目は「WEKA Stage」で、AIの産業応用や具体的なビジネスユースケース、よりテクニカルな実践論が中心であった。同時開催された36時間の開発スプリント「NEXT Hackathon」の最終ピッチも、この会場で行われた。

3つ目は「The Forum」である。OpenAIやMicrosoftが支援する世界最大級のAIスタートアップコンペ「Genesis」のピッチや、テーマを絞ったワークショップ、製品デモが中心となった。

3つのステージを取り囲むように、広大な展示フロアとネットワーキングゾーンが広がっていた。展示ブースには、Google Cloud、Alibabaといったビッグテックから新進のスタートアップまで多くのAI企業が出展し、最新ソリューションのデモを披露していた。専用ラウンジでは投資家との個別面談やセッション合間のネットワーキングが分刻みで行われ、会場の至る所でカジュアルな議論やビジネスマッチングが生まれていた。

おわりに

SuperAIへの現地参加で得られたものは、各セッションの知見だけにとどまらない。現地に身を置くこと自体に大きな価値があった。理由は2点ある。

1点目は、丸2日間、現場でスピーカーと対面して聴講できたことである。昨今はAIの進化により、海外エキスパートの知見も要約・翻訳されたテキストで手軽に得られる。しかし要約や翻訳の過程で削ぎ落とされるニュアンスは確かに存在する。現地の熱量ある場に身を置き、口調の強弱による強調や観客のリアルな反応を肌で感じられたことは、文字情報だけでは得られない収穫であった。

2点目は、AI活用に「唯一の正解」は存在せず、国や地域ごとの前提条件に応じた進め方が求められると実感できたことである。多国籍な人々が集うシンガポールでは、各セッションを通じて各国/地域固有の事情が浮き彫りとなった。
象徴的だったのは、東南アジアを中心に展開するGrabのセッションである。同社が提供する音声ベースのリアルタイム事件報告機能「Navie Talkie」について、登壇者は、単一の公用語を持つ国とは異なり、複数の言語/方言が国境をまたいで混在する東南アジア市場特有の事情から、AIによる音声理解に非常に難易度の高い研究開発を要することを述べた。そして、これを克服できれば安全管理や緊急対応の質を大きく高められると強調していた。技術そのものよりも「現地固有の事情をいかに織り込むか」が成否を分けることを示す好例といえる。

国ごとの違いは、言語対応にとどまらない。AI活用の「土台」をどこに置くかというスタンスの差にも、より鮮明にあらわれていた。シンガポールは、いち早い政府系ファンドによる投資等を通じて、クラウド活用を厭わない姿勢を国主導で打ち出している。クラウドを前提に置けることが、迅速な実装と実験を可能にしているのである。

一方で、日本を含む東アジアはセキュリティ要件が厳しいとの指摘も挙げられた。ただしこれは単なる制約として語られたわけではない。Mistral AIや中MiniMaxといったオープンモデルのセッションでは、こうした厳しい要件を持つ環境こそ、オンプレミスや自社管理下で動かせるオープンモデルが実用的な価値を発揮する領域として位置づけられていた。つまり、クラウドを前提とするシンガポールのような形と、セキュリティ要件ゆえにオープンモデルが現実解となりうる東アジアの形は、優劣ではなく、異なる前提から導かれる異なる技術選択なのである。

重要なのは、こうしたスタンスの違いを「遅れ」や「厳しさ」として一面的に捉えるのではなく、自国の制約を正確に理解した上で、その制約に最も適した技術的アプローチを選び取ることだと考える。

第2回は①AI Infrastructureと②Agentic AIという2つのテーマについて、現地で示されたこと、そこから得られた示唆を詳しく論じる

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