SuperAI 2026 視察報告【第2回】

「AI Infrastructure」と「Agentic AI」 の現在地

コンサルタント執筆記事

2026.07.13

「モデルはもうコモディティだ」。“AI驚き屋”ですら新モデルに驚かなくなった今、競争の主戦場はベンチマーク競争から「現実世界へのデプロイ(配置)」へと完全に移った。シンガポールで開催されたSuperAI 2026で繰り返し語られたのは、AIを「Infinite Intern(無限に働くインターン)」として実務に組み込む段階に入ったという認識である。
本連載は、SuperAI 2026の議論を「AI活用の競争軸の変化」という切り口で6つのテーマを取り上げている。第2回となる本稿では、AI活用の競争軸の変化という切り口から、第一の焦点である「①AI Infrastructure(モデルと推論、データ基盤)」と「②Agentic AI(自律エージェントの実装)」を読み解く。モデルの小型化、効率化とローカルデプロイが進むインフラ層の現実。そして、エージェントを「作れるか」ではなく「任せられるか」が問われる運用設計の世界。現地で示された具体に即して、企業がいま何を再設計すべきかを示す。

AI Infrastructure(モデルと推論、データ基盤)

事前仮説

一時期、“AI驚き屋”という言葉をネット上でよく見かけた。これは新しいモデルが登場するたびに「これほど賢くなった」「ここまでの品質を生成できる」と過剰に驚いてみせる人々を指す言葉である。しかし最近はあまり聞かなくなった。過剰に驚くことを得意とする彼らでさえ、近年のモデルには驚きを示しにくくなっているのだろう。筆者自身も同じ感覚を持っている。 ここからもわかるように、「モデルはコモディティ化しており、今後はどれだけモデルを実務に適用するか、そして実務適用を見据えてモデルの小型化、効率化が進む」というのが仮説である。また、基盤も同様に「速度や推論性能を追求しつつ、より小型化、効率化を意図した推論、データ基盤の開発が進められる。」と考える。

現地で示されたこと

ⅰ. モデル層のコモディティ化に伴う、無限に働くインターンの出現

主戦場は、いわゆるベンチマーク競争から「現実世界へのデプロイ」へと完全に移っていた。実務運用に向け、汎用的な「スイスアーミーナイフ」(GPTやGeminiなどのクローズドモデル)から、自社のコンテキストに特化した「専門工具」(オープンウェイトモデル)への移行が進んでいる。(個人的にこの比喩表現が日本にはない発想で文化の違いを感じ、興味深かった。この後も我々日本人には思いつかない比喩が多くあるので、可能な限りそのまま記載をしていく。)コモディティ化が進めば価格競争が激化し、利用コストは下がる。その結果、AIは「Infinite Intern(無限に働くインターン)」として機能し始め、これまでコスト面で不可能だった高度な自動化が、圧倒的な低コストで実現できる段階に入った。すなわち事前仮説の通り、今後はどれだけモデルを実務に適用するかが重要なポイントになった。

ⅱ. ハードウェア層のTCO削減とシリコンフォトニクス

AIというソフトウェアの増加に対し、データセンターの電力不足とサプライチェーンの逼迫(GPU(*1)リードタイム36週間)という「物理世界の制約」が深刻化している。そのため、インフラ全体の「計算効率の極大化によるTCO(Total Cost of Ownership)削減」や、アーキテクチャーの抜本的効率化が必須の生存戦略となっているようであった。米半導体大手Advanced Micro Devices (AMD)はセッションにて、旧型サーバー1,000台の処理を最新サーバー125台に凝縮し、電力を70%、TCOを71%削減するようなコンソリデーション(集約)実績を示した。今後は次世代GPUや「シリコンフォトニクス(*2)」の導入により、ワットあたり/ドルあたりのトークン数をいかに改善するかが競われているようだった。

(*1)GPU :Graphics Processing Unit(画像処理装置)。多数の演算を並列処理することに特化した半導体で、その並列計算能力からAIの学習・推論処理の中核として広く使われている。
(*2)シリコンフォトニクス:電気信号ではなく光(フォトン)を使ってデータを伝送・処理する技術を、シリコン半導体チップ上に集積したもの。電気配線に比べ高速・低消費電力でのデータ通信を可能にする。

ⅲ. アーキテクチャーの進化:「エンコーダーフリー」と「PPP」

技術面では、エンコーダー(*3)を排除して画像の理解と生成を同時に行う「エンコーダーフリーのネイティブ統合アーキテクチャー」や、2Dから3D物理世界を理解する「空間知能(Spatial Intelligence)」が登場した。また、パブリッククラウドの信頼への恐れから、ローカル環境でデータを自律管理する「PPP(Personal, Private, Programmable)」という新しい考え方が提唱されていた。

(*3)エンコーダー:入力データ(文章や画像など)を、機械が扱いやすい数値表現(ベクトル)に変換する仕組み。データの持つ意味や特徴を圧縮して表現する役割を担う。

(参考セッション:Personal, Private, Programmable)
(参考セッション:AI eats the World)
(参考セッション:The Global Frontier of AI Models )
(参考セッション:Emergent Trends in Large Multimodal Models)
(参考セッション:Current State of AI)

示唆

–  AI活用を前提にしたビジネスモデルの再定義

単に既存タスクをAIで代替するのではなく、AIがある前提でビジネスモデル自体を再定義することが求められる。セッション内では、小売り世界最大手ウォルマートにおけるバーコード導入の例を取り上げながら、「セカンドオーダー・エフェクト(*4)」を見据えて、ビジネスモデルを再定義すべきと説かれた。

(*4)セカンドオーダー・エフェクト:ある行動や政策によって直接生じる結果(一次効果)の後に、その結果や時間の経過によって引き起こされる追加的・派生的な間接結果のこと

–  地政学的リスクとローカルデプロイの必要性

データプライバシーやセキュリティ要件から、自国内のローカルデータセンターに展開できるオープンウェイトモデル(*5)のローカルデプロイの需要が今後さらに強まる。特にAPAC市場ではその傾向が強いとされた。

(*5)オープンウェイトモデル:学習済みのモデルの重み(パラメータ)が公開され、誰でもダウンロードして利用/改変できるAIモデル。学習データやコードまでは公開されない点で、完全なオープンソースとは区別される。

Agentic AI(自律エージェントの実装)

事前仮説

視察前、筆者はAgentic AIを「大規模言語モデル(LLM)が外部ツールを呼び出し、複数ステップのタスクを自律的に実行する仕組み」と捉えていた。RAG(*6)、MCP(*7)、ツール連携、マルチエージェントといった技術要素を組み合わせれば、従来のチャットボットを超えた業務支援が可能になる、という見立てである。そして次の論点は「複数のツールやデータソースをどう組み合わせるか」にあると考えていた。すなわち「どのモデルを使い、どのフレームワークを採用、どうツールを呼び出すか」こそが主戦場だと見ていたのである。

(*6)RAG:Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)。AIが回答を生成する際に、外部のデータベースや文書から関連情報を検索し、その結果を参照して回答を作る仕組み。最新情報や社内文書に基づいた正確な回答を可能にする
(*7)MCP:Model Context Protocol。AIモデルと外部のデータソースやツールを接続するための標準規格。個別の連携を作り込まなくても、共通の作法でAIに外部情報や機能を利用させることができる。

現地で示されたこと

現地で示された議論は、事前仮説よりも一段現実的だった。Agentic AIの本当の難しさは、エージェントを「作ること」ではなく、企業の実業務の中で“任せられる存在”として「運用すること」にあったのである。技術選定が重要であることは間違いないが、論点の中心はそこではなかった。現地で示された具体的な論点は、以下の通りである。

ⅰ. Agentic AIは、すでに「概念実証(PoC)のテーマ」ではなく「本番業務の実行主体」として語られていた

最も強く印象に残ったのは、この点である。象徴的だったのは米AIスタートアップSierraのセッションだった。Sierraは大企業向けに顧客対応、カスタマーサービス、営業支援領域のAIエージェントを提供する企業である。SierraのDamien Tampling氏(Head of Strategy Agent Development, APAC)は、世界中のクライアントのAIエージェント構築を支援し、すでに数千万から数億件規模のインタラクション(やりとり)を扱っていると説明した。
この発言は、AIエージェントが実験的なチャットボットではなく、大量の顧客接点を担う業務インフラになりつつあることを示している。少なくとも先進企業の文脈ではAgentic AIは「将来の技術」ではなく、本番業務の一部として扱われ始めていた。

ⅱ. エージェントの本質的な難しさは、自律性の高さではなく、本番運用に伴う複雑性にある

現地で各社から語られたAgentic AIは、自律性の高さを誇示するものではなかった。むしろ、エージェントを本番環境で動かす際の複雑性を指摘する場面が多くみられた。
「AI Agent Iceberg(AIエージェント氷山)」という表現が示す通り、エージェントの表面に見えるのはLLM、チャットユーザーインターフェース、RAG、ツール連携などにすぎない。その水面下には、本人確認、権限管理、人間への引き継ぎ、失敗時のリカバリー、評価、監査ログといった運用要素が隠れている。これらは補助的な論点ではなく、エージェントを本番業務に組み込むための中核である。

ⅲ. Agentic AIの実装は、システム開発というより「業務オペレーション設計」に近い

たとえば顧客対応エージェントであれば、質問に答えるだけでは不十分である。顧客の契約情報を参照し、本人確認を行い、返金や変更処理の可否を判断し、必要に応じて人間に引き継ぎ、処理履歴を残さなければならない。しかも顧客は、整理された言葉で依頼してくるとは限らない。曖昧な表現、怒り、不満、途中で変わる要望、複数言語、音声入力、こういった多様な入力に対応する必要がある。
この意味で、Agentic AIの実装は従来のシステム開発よりも「業務オペレーション設計」に近い。どの業務をエージェントに任せるのか、どの判断はAIだけで完結してよいのか、どこから人間承認が必要なのか、失敗時にどう復旧するのか、どの指標で品質を測るのか、これらを設計しなければ、本番導入は成立しない。

ⅳ.  評価軸が、従来の「正答率」から「業務遂行品質」へと移行している

評価のあり方も重要な論点として示された。Sierraのセッションでは、単発の回答精度だけでなく、実業務における一貫性、複数ターンの対話品質、ナレッジ更新への追従、音声応対の自然さが重視されていた。
これは、AIエージェントの評価軸が従来の「正答率」から「業務遂行品質」へ移っていることを意味する。正しい回答を一度返せるかではなく、業務の流れの中で、期待される成果を安定して実現できるかが問われている。

ⅴ. Web検索は「人間が読むための検索基盤」から「AIが行動するための検索基盤」へ変わるべき

米AIスタートアップExaのCEO Will Bryk氏によるセッションでも、エージェント時代ならではの変化が示された。セッションではまず、2026年末にはAIによるWeb検索の回数が人間による検索回数を上回り、以降はAIによる検索回数が指数関数的に増えていくと予測していた。そうした世界になったときに必要なのは、数語でキーワード検索してリンクをクリックする従来の人間向け検索基盤ではなく、AIエージェント向けに大量、高速、高精度、構造化された検索基盤であるという主張である。

(参考セッション:The AI Agent Iceberg)
(参考セッション:Perfect Search for a World of Agents)

示唆

–  「作れるか」から「任せられるか」へ ——問いの中心は業務設計に移る

現地の議論が一貫して示していたのは、Agentic AIの難しさが技術そのものよりも運用にあるという点だった。モデルやフレームワークの選定は重要だが、差がつくのはむしろ“水面下”である。本人確認、人間への引き継ぎ、失敗時のリカバリー、評価といった運用要素をどれだけ実業務に即して設計できるかが、エージェントを“任せられる存在”にできるかどうかを分ける。
この複雑性は、単一部門では抱えきれない。業務判断の線引きは事業部門に、システム接続はIT部門に、リスク管理や権限設計は管理部門にまたがる。つまり、現場任せのボトムアップ活用だけでは本番運用には届かない。経営、事業、ITが一体となって責任分担を設計して初めて、エージェントは実業務の実行主体になりうる。
問うべきは「どのAIを使うか」ではない。「どの業務を、どこまでAIに任せ、どこから人間が関与するか」である。

 

–  企業システムやナレッジ基盤は「人が読むため」から「AIが行動するため」へ作り替えられる

Exaのセッションが象徴的に示したのは、情報の使われ方が「人間が読んで行動する」から「AIが読んで行動する」へと転換することである。この変化は、企業内システムやナレッジ基盤にも及ぶと筆者は考える。これまで人間が画面を見て読み取っていた情報を、今後はAIエージェントが読み取り処理するようになる。つまり、企業システムやナレッジ基盤は、人間の閲覧性だけでなく、AIが参照し、判断し、行動できる構造へ変わる必要がある。

Agentic AIの導入は、個別ツールの採否ではなく、業務そのものを再設計する取り組みである。企業は、自社の業務プロセス、データ、システム接続、人間との役割分担を、AIが実行主体になる前提で見直す必要がある。エージェントを導入する企業ではなく、エージェントに任せられる業務を設計できる企業が、次の競争優位を獲得していくだろう。

 

おわりに

AI Infrastructureというテーマでは、モデルのコモディティ化を前提に、ビジネスモデル自体を「セカンドオーダー・エフェクト」まで見据えて再定義する必要が説かれた。Agentic AIというテーマでは、エージェントの本質的な難しさが自律性ではなく本番運用の複雑性にあることが、氷山の比喩とともに示された。本人確認、権限管理、人間への引き継ぎ、失敗時のリカバリー、評価。表面には見えないこれらの運用要素こそが中核だという指摘である。共通するのは、AIを導入する企業ではなく、AIに任せられる業務やシステムを設計できる企業こそが次の競争優位を握る、というメッセージだった。技術選定はもはや出発点にすぎない。

次回は、本連載で取り上げる6テーマのうち③Physical AIと④Enterprise AIについて述べる。

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