生成AIやAIエージェントの活用が急速に広がる中、多くの製造業でも、検索、要約、資料作成、業務自動化などの取り組みが進みつつある。しかし、その多くは個人や部門単位での活用にとどまっており、事業や顧客価値の向上、あるいは部門横断、システム横断の業務改革にまで発展している例はまだ多くないように感じる。
近年では、AI活用を推進するための体制や人材のあり方も盛んに議論されている。一方で、私たちはそれ以前に、「AIによって何を目指したいのか」「どのような働き方や事業運営を実現したいのか」を考えることが重要ではないかと考えている。将来の姿が曖昧なままでは、AI活用もデータ改革も部分最適に陥りやすいからである。
本稿では、AI時代の製造業に求められる将来の働き方を起点として、部門やシステムを横断したAI活用テーマの考え方と、その実現に必要となるデータ改革の進め方について考察する。AI活用を単なる効率化で終わらせず、これまで実現できなかった価値の創出につなげるために、今何を考えるべきかを提言したい。
目次
1. 本稿を書くことになったきっかけ
この記事を読んでくださっている皆さまも、日々の業務でAIを使うことが常態化してきたのではなかろうか。この1~2年で、私たちも、多くの製造業のお客さまから「AI活用」や「AIを利用した業務改革」について問い合わせを受けることが多くなった。また、AIの定着とあわせて、FDE(Forward Deployed Engineer)という言葉を耳にする機会も増えた。業務部門とエンジニアが一体となり、現場からAI活用を実現していく考え方自体は非常に重要である。しかし私たちは、複数の製造業企業と議論する中で、別の課題も感じるようになった。それは、「AIを活用して、最終的にどのような働き方や事業運営を実現したいのか」という議論が、意外なほど行われていないことである。
このような経緯があり、私たちは、「AI活用におけるエンジニアリング業務の重要性は理解できるが、それ以上に、将来的にどのような働き方を目指すのかの議論と共有が重要である」と考えるようになった。
そこで、本稿では、AI時代に即した製造業のECM(Engineering Chain Management:設計情報や技術情報を中心とした業務領域)/SCM(Supply Chain Management:調達、生産、物流を中心とした業務領域)のあり方や、それを実現するための改革テーマと方策を考察することを目的としている。
2. 製造業におけるAI活用の本質を考える
私たちはAIの活用方法は、図1に示すような4つのパターンに分類できると考えている。これは右に行くほど「よい」「優れている」ということではない。どのパターンも重要で効果を期待できる。
私たちがコンサルティング業務を通じて耳にするのは、「議事録やマニュアルの作成」「会議予定や議題の設定」「Excel作業の効率化」「報告書や記録書からナレッジの抽出」などが多い。これらは、図1の「見る・答える」「手伝う」に位置付けられ、担当者業務の代替である。期待される効果は工数削減と負荷低減だ。
このような「データやグラフを参照して回答する使い方」を起点としつつも、そこにとどまらず、「人とAIが共同で成果物を作る使い方」「目的や条件を伝えて複数の業務を任せる使い方」、そして「複数部門、複数のAIが企業の知識を介して問いや選択肢を循環させながら一緒に考える使い方」に発展させていくことがAI活用の肝になると筆者は考えている。現場の草の根活動として始めるAI活用を、部署横断、全社的な活動へと発展させていく。この過程でAI活用が高度になればなるほど、それを支えるデータ基盤はより重要となる。
そして活動を発展させる上では、AI活用の考え方を180度変える必要がある。なぜなら草の根活動では、「AIをどう使うか」が主眼でありAIありきと言えるが、部署横断、全社活動では、AIの前に「自分たちはどうありたいか」が主眼となり、その実現手段としてAIの有効性を判断する必要があるからだ。
また、部署横断、全社活動という観点から製造業におけるAI活用を考える際のヒントになるのが、「今まで実行したくてもできなかった改革は何か」という問いである。これまでの業務改革やシステム刷新において、アイデアとしては上がってきても「部門の壁」「システムの壁」が阻害要因となり、机上の空論、実現性が低いとして諦めていた改革テーマはないだろうか?そのような壁をAIで越えられるかもしれない。なぜなら、AIは適切なデータと権限が与えられれば、部門やシステムの境界を越えて情報を関連づけ、人だけでは困難だった判断を支援できる可能性を持つからだ。
3. AI活用で考える改革テーマとは
では、AI活用において考えるべき改革テーマとは何があるだろうか?私たちは、これまで製造業のECM/SCM改革に携わる多くの機会を得てきた。製造業といっても、量産タイプのビジネスモデルもあれば、インデント(受注設計、受注生産)タイプのビジネスモデルもある。また、組立加工型だけではなく、プロセス型の製造業もある。
私たちは、これら多様な製造業のお客さまの改革に携わった実績を基に、ECM/SCMを約200の業務機能に整理し、テーマに関係する業務とデータをたどれるようにしている。そして、これらの業務機能を単独ではなく、横断でAI活用を伴う業務改革の可能性を検討してきた。
例えば、「生産計画、在庫、切り替え費用を同時に考慮しながら設計変更の影響と適用タイミングを判断するテーマ」「需要の急変など複数シナリオを自動生成して供給、利益、キャッシュへの影響を試算するテーマ」「工事の進捗と仕様変更から工事進行基準を試算するテーマ」「製品単位や機能単位で、販売後のサービスを含むライフサイクル全体の採算性を評価するテーマ」などが挙げられる(表1参照)。いずれも部門やシステムを横断することで初めて実現できる価値であると考えている。
この当社独自の整理および検討テーマをベースとし、各社個別のニーズや経営課題を加味することで、適切なAI活用を伴う改革テーマとその優先順位が判断できる。
4. 実行にあたっては、即時実現とデータ改革の両輪が求められる
決まった改革テーマを実行に移すにあたっては、AIを使う以上、何よりもスピードが求められる。従来のように、数年かけて業務改革やシステム刷新を完了させてから活用を始めるアプローチでは変化に追随できない。まずは現在利用できるデータを活用しながら短期間(一例としては3~4カ月)で実装を行い、その結果を踏まえて業務、データ、システムの改革を継続的に進めるのが望ましい。
このような短期間の実装と業務活用のサイクルを繰り返し実行していくことになるが、「AIが利用できる状態にデータが整備されていない」といったデータ品質上の問題が顕在化することが多い。私たちは、データを「AIが利用できる状態(AI ready)」な状態にするためには、次の5つの条件が必要だと考えている。これらの条件を満たすように、データの作り方、管理、活用方法を段階的に整備していくことが求められる。
即時実現を進めながらも、並行して中長期視点を持ち、「データの使える化」や「データ資産価値の向上」を目的としたデータ改革を進めていくことも場合によっては必要になる。その際、ECM/SCMの広範なデータを対象にするのではなく、改革テーマに必要なデータに限定することが重要である。必要のないデータを改革することは目的のない改革になってしまい、改革が停滞、中止する要因になる。
こうして特定したデータについて、どこまで改革すべきかを判断するために、私たちはデータを組織としてどこまで安定的に作成、管理、活用、改善できているかを、表3のような5段階で評価する成熟度モデルを用いている。対象データの役割や、判断と実行への影響に応じて目標成熟度を設定し、現在地との差から必要な改革施策を具体化していく。
このようなデータ改革は、既存のデータ基盤や業務システムを前提に、AI活用テーマに必要な意味づけやデータ間の関係、権限、接続方法を段階的に実現していくことを基本とする。ただし、テーマによっては業務改革やITシステムの刷新まで踏み込む必要が生じる場合もある。だからこそ、最初にどのテーマから着手し、どこまでの改革を伴うのかを見極める構想の段階が重要になる。
5. おわりに
AIの活用をさらに一歩進めようとするとき、次の3つの問いに向き合ってみてほしい。経営視点では「AIを活用してどのような経営基盤と事業運営を実現したいのか」、IT視点では「その実現を妨げているデータ上の課題は何か」、業務視点では「部門横断の業務でどのような付加価値を生み出したいのか」。
私たちは多くの製造業のお客さまとAI活用について議論することが増えたことをきっかけに、製造業におけるAI活用について考察した。AI活用を自部門や個人での活用に終わらせないための一助となれば幸いである。