
株式会社田中貴金属グループ
貴金属製造・販売業

製品別の原価を、経営と現場をつなぐ「共通言語」にする。
田中貴金属が挑んだのは、過去、壁にぶつかってきた原価管理基盤の構築でした。産業用・資産用・宝飾品と貴金属製品を幅広く扱う同グループ。なかでも産業用貴金属製品は用途が多岐にわたり、工場や製造部門ごとに製品群や工程、管理方法も異なります。さらに、地金価格が国際相場に連動し、回収・精製によって材料が循環するという、貴金属ならではの複雑性もありました。
こうした中で同グループは、2026年1月、国内7工場での原価管理基盤の一斉稼働を実現。そして原価情報は、経営・営業・製造が同じ前提で議論するための“共通言語”になりつつあります。
本稿では、この製品別の原価管理に、田中貴金属とフォーティエンスがどのように挑んだのか、プロジェクトの舞台裏を伺います。
課題
- 原価情報を整備し製品別の採算をより正確に把握することで、経営判断や資源配分、価格検討の精度を高める必要があった。
- 国内7工場・19製造部門でそれぞれ製品群、工程、管理方法が異なり、全社共通の原価管理へ落とし込むことが容易ではなかった。
- 過去の取り組みでは、現場の巻き込みや運用負荷、マスター整備が壁となり、定着に課題があった。
成果
- 製品別の採算をより正確に捉えられる原価管理基盤を整備し、国内7工場・19製造部門での一斉稼働を実現した。
- 原価情報が、経営・営業・製造をつなぐ「共通言語」として機能し始めた。
- 原価管理は意思決定や現場改善に活用できる土台かつ、今後のスマートファクトリー化に向けた基盤となっている。
対談者
TANAKAホールディングス株式会社(現:株式会社田中貴金属グループ) 取締役常務執行役員 経営管理本部 本部長(プロジェクト当時)
現・田中電子工業株式会社 代表取締役社長執行役員
谷口 知之 氏
株式会社田中貴金属グループ 経営管理本部 原価管理準備室 室長
仲村 光弘 氏
株式会社田中貴金属グループ 経営管理本部 原価管理準備室
中村 香澄 氏
フォーティエンスコンサルティング株式会社 マネージングディレクター
髙山 直子
フォーティエンスコンサルティング株式会社 マネージャー
小西 昇一
フォーティエンスコンサルティング株式会社 マネージャー
本田 沙織
フォーティエンスコンサルティング株式会社 シニアコンサルタント
辻 拓将
製品別の“本当の採算”をどう捉えるか――グローバル経営を支える原価管理へ
――まず田中貴金属の事業概要と、原価管理に取り組んだ背景をお聞かせください。
谷口氏:当社グループの事業ドメインは大きく分けて「産業事業」「リテール事業(資産用、宝飾品)」に分類されます。一般には地金やジュエリーの印象が強いかもしれませんが、実際には半導体、自動車部品、リサイクル、触媒用化合物など、産業用貴金属事業が利益の7割を占めています。
産業用貴金属製品では、コスト競争力が重要な要素です。地金価格は国際相場に連動するため市場価格として理解されやすい一方、加工費、すなわち材料費・労務費・間接費が見えにくいと、製品として赤字となることがあります。そのため、製品別原価の精度を上げたいと考えました。
――具体的な課題は何でしたか。
谷口氏:原価管理を見直す以前も全体の収益は上がっていましたが、製品別に見ると採算の良し悪しに差がありました。今後どこにリソースを配分するかを考えるうえで、原価と売価の関係を製品別により精緻に把握する必要がありました。
もう一つの背景は、海外グループ会社との価格決定です。税務上の移転価格に加え、グループ内で価格をどのように決め、原価と売価をどう整理するかは、今後のグローバル経営における重要テーマで、これは収益体制をさらに強化することにもつながります。
製品別原価管理を阻んだ2つの壁――現場を巻き込む難しさと、貴金属ならではの複雑性
――過去にも原価計算に取り組まれたとうかがいましたが、その際の課題は何だったのでしょうか。
仲村氏:今回の対象である国内7工場・19製造部門において、工場ごとに製造している製品も管理方法もまちまちです。同じ目的に向かって進めるには、それぞれの特徴を踏まえる必要があり、そこに難しさがありました。
谷口氏:原価計算の仕組みは、工場の方も巻き込んで設計しなければ成り立ちません。前回は意義が十分に共有されず、かつマスター整備も手作業に頼る場面が多かったため、なかなか進みませんでした。
――貴金属ならではの原価把握の難しさもありましたか。
谷口氏:当社では、加工工程で発生した貴金属を回収・精製し、再び原材料として利用しています。
つまり貴金属が社内を循環する構造になっているため、単に「材料を使って終わり」ではありません。こうした回収・再利用のプロセスまで含めて管理する必要があり、それが原価計算をより複雑なものにしています。
――どのような経緯でフォーティエンスコンサルティングへ依頼することになったのでしょうか。
谷口氏: フォーティエンスコンサルティングには、以前のSAP S/4HANA導入プロジェクトを支援いただいていました。その後、原価管理プロジェクトを立ち上げるにあたり、他のコンサルティング会社も含めて比較検討しましたが、原価管理導入の実績に加え、当社の業務やシステム環境を深く理解していたことが大きな決め手になりました。
仲村氏: 原価管理は会計や購買など多くの領域と密接に関わるため、SAP導入を通じて当社のバックグラウンドを理解していただいていたことは大きかったと思います。また、製造現場に詳しいメンバーに実際に工場にも深く入り込んで支援いただけるという期待がありました。
壁を乗り越えて、次の挑戦へ――80人超、7工場を巻き込んだプロジェクトの始動
――プロジェクトの全体像を教えてください。
小西:目標は2026年1月の国内7工場・19製造部門の一斉稼働でした。それぞれ扱う製品や運用が異なる中で、要件定義、マスター設定、テスト、トレーニングをどうつなげていくか。業務要件チーム全体として、関係者間の認識をそろえながら進めることが大きなポイントでした。
谷口氏:当社は12月決算のため、1月に稼働しなければ、場合によっては翌年まで延期となる可能性がありました。会計システムとも連動するため、もしトラブルでカットオーバーが遅れれば、その年の稼働が難しくなる可能性もあり、非常に重要な局面でした。
――田中貴金属側では、どのように推進体制を整えましたか。
谷口氏:工場メンバーも含めると総勢80数名規模でした。複数部署にまたがる取り組みだから、チームワークを大切にしてほしいと最初に伝えました。
また、このプロジェクトのために専任者を配置しました。経理メンバーを異動させて導入に専念してもらい、各工場にも原価担当者を置くことで、ものづくりが分かる人と原価が分かる人が対話できる体制を整えました。
髙山:原価管理に必要な情報を各現場からどのように取得し、経営判断に活用できる原価へ落とし込むかが大きな課題でした。そのためには、机上で設計するだけではなく、私たち自身が実際のものづくりの実態を深く理解し、工場の皆様と一緒に進めていくことが不可欠です。各工場で原価管理の中心となる方々に専任で参画いただけたことで、現場の知見を反映しながら議論を進めることができました。
真に解くべき問題は、経営が使える精度と、現場が続けられる運用の両立
――過去の課題を踏まえ、今回は何を重視してプロジェクトを進めたのでしょうか。
髙山:原価管理システム導入時によく発生する課題は、経営が求める原価情報の精度と、現場で継続できる運用負荷のバランスが取れなくなることです。経営層は当然、精度の高い原価情報を求めます。一方で、精度を高めようとすると現場で管理すべき情報が増え、負荷が高くなりすぎると運用は継続しません。田中貴金属様には、重要なのはシステム導入そのものではなく、これらのバランスをどのように見極めるかであることをお伝えしました。
中村氏:私は原価管理システムを運用していく立場でマスター設定や運用マニュアル作成にも関わりましたが、実際に現場で使い続けられる形にすることが重要だと感じていました。
本田:原価管理では、あらゆる数値を細かく計測することが正解とは限らないため、意思決定への有用性を見極め、管理対象を決める必要があります。
貴金属を扱う事業では、原価構成にも特殊性があります。直接材料費である地金が原価の大部分を占めますが、地金価格は売価にも連動し、製造部門がコントロールできない側面があります。
そこで、地金そのものは原価管理の主対象から外しつつ、少量でも金額インパクトの大きいロスは可視化する設計にするなど、事業特性を踏まえて原価構成を組み立てる必要がありました。
現場とともに形にした原価管理――40万件のマスター整備から国内7工場一斉稼働へ
――要件定義において、工場をどのように巻き込んでいったのかお聞かせください。
本田:はじめに、工場長をはじめとする主要メンバーの皆様とお話しして全体コンセプトを固めました。特に工場長に繰り返し説明することで、その後の現場展開でも協力を得やすくなったと思います。
仲村氏:本部で運用する立場から見ても、現場に新しい情報入力や運用をお願いする際に、一方的に仕組みを決めるだけでは定着しないと思っていました。なぜ必要なのかを理解してもらい、現場で無理なく続けられる形にすることが重要だと感じていました。
辻:数カ月にわたって7つの工場すべてに足を運び、現場を見て特徴を把握し、特徴に合わせた議論をさせていただくことで、現場の皆さんと同じ前提で会話できるようになりました。事前に生産管理システムの機能や工場独自の用語も学んだうえで臨んだことで、「同グループの社員のようだ」といった声もいただけるようになりました。
――各工場の実態を踏まえながら、全社共通の原価管理へ落とし込むのに、何を重視しましたか。
辻:すべてを一律に標準化すると、現場で運用が続かなくなる可能性があります。そのため、まず全社でそろえるべき枠組みを押さえたうえで、各工場・各部門の製造プロセスや管理状態を確認し、共通化すべき部分と現場に合わせる部分を見極めていきました。品目や作業のグルーピングも、部門ごとの打ち合わせを通じて、継続運用しやすい粒度に整理していきました。
――整理した要件を運用に落とし込むうえで課題はありましたか。
辻:特に大きかったのはマスター設定です。対象品目数が多く、登録件数は約40万件。これを短期間で整備する必要がありました。さらに稼働後も毎月、全工場で約500品目が増えることが分かっていました。
そこで、部門ごとの特徴や工程を踏まえて品目や作業をグルーピングし、グループ単位でマスター値の検討を行うことで、負荷軽減を図りました。粒度は部門ごとに決め、19部門それぞれで継続運用しやすい形を意識しました。加えて、全工場共通で使える登録用ツールの要件をまとめ、システム側と連携して開発しました。これが現在も、登録作業の効率化につながっています。
「なぜやるのか」から「もっと良くしたい」へ。原価情報が共通言語に変わる
――今回の原価管理システム導入により、現場ではどのような成果や変化が見えていますか。
仲村氏:まだ評価するには早い段階ですが、今後は、製造部門と営業部門の意思疎通がより円滑になると考えています。特に、昨今の急激なインフレや経済状況の変化においては、部門ごとに異なる前提や感覚で議論していた状態から、原価という共通の数字を起点に判断できるようになったことは大きな利点になると考えています。
また、プロジェクトを通じて生産管理や管理会計で使えるデータがかなり整いました。工場を訪問し、生産管理システムの使い方など元の部分から見直したことで、データの精緻化が進んだのは大きな成果です。
辻:現場の方の反応にも変化が見られます。当初はマスター登録や運用変更に懸念を示される場面もありましたが、結果を示すことで「さらに改善したい」「マスターの精度を高めたい」といった声も挙がり、原価をどう活用するか積極的に相談してくださるようになりました。原価情報を自ら改善に活用する主体へと変化した点も印象的でした。
――社内の改善だけでなく、お客様との対話や提案にも活用され始めているのでしょうか。
仲村氏:はい。今回の原価管理基盤によって、ある工場で従来採用していた製造方法が、一部製品の原価に大きく影響していることが明らかになりました。そこで、「製造方法を変えて原価を下げる」ための検討を進め、そのデータをもとに、お客様とも対話しながら製造方法を見直す動きが出てきています。お客様にとってメリットのある提案がしやすくなりました。
――フォーティエンスコンサルティングに対する評価についてもお聞かせください。
中村氏:特に印象的だったのは、フォーティエンスコンサルティングの皆さんが現場に深く入り込みながら進めてくださったことです。現地に直接赴き、工場ごとの実態や運用まで理解しようとする姿勢で伴走いただけるコンサルティングファームは多くないのではないかと感じました。
またシステム導入だけでなく、勉強会や説明会を何度も開催し、現場メンバーの理解浸透まで支援いただけたことは非常にありがたかったです。
谷口氏:全社的な原価管理システムが今回実現に漕ぎつけられたのは、ものづくりの現場を深く理解し、実務に踏み込んで対応してくださったことが大きかったと思います。
本社と現場が同じベクトルで動けるようになったことも、大きな成果だと感じています。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
谷口氏:まだ残された課題はいくつかあります。一部のものづくりや回収精製の領域は、現在もフォーティエンスの支援を受けながら進めています。
さらに、海外グループ会社への横展開、IoTによる実績収集、新しい生産管理システムとの連動、スマートファクトリー化も重要なテーマです。原価管理基盤はこれらの意思決定と対話を支えるものとして、さらに活用を広げていきたいと考えています。
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※本記事の掲載内容は取材当時(2026年6月)の情報に基づいています。公開時点では、役職・所属等が変更となっている可能性があります。